第17話 重たくて壊れやすいもの

騎士団の詰め所に案内されて、カウゼンの指示に従って書類の整理や片付けを手伝った。時にお茶を淹れて、カウゼンを休ませるなどの仕事のうちだ。給仕はいないようで、今までは下っ端の騎士が淹れていたらしい。野営では皆、火を起こし料理をするので、お茶くらいは淹れられるとのことだったが、男所帯のため随分と乱雑だったようだ。

メレアネも生家では幽霊扱いだったので、お茶を淹れたりなど基本的なことはできる。本格的な料理はできないが、繊細なお茶の味がすると喜ばれたのだから、なんとかお眼鏡にかなったようだ。今までは自分のためだけにいれてのに、誰かに飲ませるというのは緊張するものだった。

メレアネの緊張に気づいたけれど、カウゼンは特に何も言わなかった。色々なことに配慮されているのだなとこういう時に実感する。


そもそも秘書官の肩書も、メレアネがカウゼンの傍にいるための特別なもので、特に仕事があるわけでもない。カウゼンの横で暇潰しでもしていてと言われたが、あまりに退屈で何かできる仕事はないかと申し出た結果であった。

だが、書類仕事はよくわからなかった。結局、閉じろと言われた束を紐で括って、束に見出しを付けてと言われて書くなど、言われた内容を忠実に再現するだけで精一杯だった。

引きこもって他人のために何かしたことのないメレアネには、かなりの精神的疲労を感じさせた。


そんなふうに午前中を過ごし、簡単な昼食を済ませた後、向かった先は軍議を行うという王城だった。


そうして鉢合わせたのは大柄な男だ。

ちらちらと視線を向けたメレアネに気が付いたセイレルンダが顔を寄せて耳打ちした。


「総騎士団長です。無害ですからお気になさらずに」

「おい、聞こえているぞ」


セイレルンダにしっかりと言い返したのはいかめしい顔をした男だった。忌々しさを隠しもせずにセイレルンダを睨みつけている。


「これは上長、相変わらずの地獄耳ですねぇ」

「隠す気がないくせに白々しいな。それで、そっちが特別枠で就任した秘書官殿か?」

「上長が嫌味だなんて珍しいですね、機嫌悪くないですか?」


総騎士団長のほうがはるかに格上であるにもかかわらず、秘書官に殿を付けて呼ぶあたりかなりの嫌味が込められている。


「連日、至急の書類が回ってきて機嫌がいいと思うのか。めまいと頭痛がひっきりになしだ」

「あははー、なるほど。その説はどうもありがとうございました」


カウゼンは無言のままで、セイレルンダがへらへらと笑いながら答えている。

メレアネは目を瞬かせるだけだ。


「我儘はこれで終わりにしろ」

「もちろんですよ」

「補佐官ばかりに答えさせるな」


話を振られたカウゼンがしれっと答える。


「そうですね。面倒が起きないとは確約はできないので」

「少しは自重しろ!」


上長は一般兵が怯えるほどの鋭い眼光を放っている。それに不機嫌さの威圧は込められれば、たいていの者は震えあがるのではないだろうか。だというのに、それらを平然と受け止めているカウゼンもセイレルンダも相当なものだ。

それを冷静に観察しているメレアネも相当ずれているし、上長の不機嫌さに拍車をかけているのだが、もちろん彼女が気づくはずもない。


「とにかく、王太子殿下からのご命令でその秘書官を連れてこいとの仰せだ。ついてきてもらうぞ」

「どこにです?」

「王太子の執務室だ」

「軍議前ですよ、時間がありませんが? 上役が揃って遅れるつもりですか」

「ふん、軍議に少し遅れたところで気にするような可愛げのある性格でもないだろうが。面倒だからといって逃げるから、わざわざ確実な方法をとられたんだろう。それの遣いにわざわざ呼び出された俺の苦労も考えろ。暇でもないというのに、忌々しいことこのうえないぞ」


滔々と文句を述べていた上長が歩き出せば、カウゼンもセイレルンダも従うようだった。

そのまま城の奥へと向かう。肩をいからせて、そのまま階段を上がっていく上長の後ろ姿を見つめて、メレアネは正午を少し回った頃だなと思った。

まさかこちらの階段は東に位置するのではと頭をよぎった。


その後ろをカウゼンとセイレルンダがついていく。ただ警戒しているようにも感じられた。やはり東に位置する階段なのだろう。

前や横をきょろきょろと見回していると先を歩いていた上長がうめき声をあげた。


そうして、なぜかその巨体がふらついた。

危ないと思った時には、彼は真後ろに向かって倒れこんできたのだ。

それをセイレルンダが受け止めながら、階段の手すりにつかまって勢いを殺す。


「お前、今、避けたな?!」

「男を抱きとめる趣味はない」

「私だってないからね!」


批難の声をまるっと無視してカウゼンは下にいたメレアネを見やった。


「花瓶じゃなかったな」

「重たくて壊れやすいものだと言いましたよ。というか一刻も早くお医者様のところに運んでください。たぶん、脳出血だと思います」

「のう出血?」

「頭の中の血管が切れたってことです。すぐにお医者様に見せるの!」


カウゼンがセイレルンダの腕に抱えられた上長を眺めながら、首を傾げているのでメレアネは思わず声を荒げた。


「ここから医務室まで私が運べってことか……」

「つべこべ言わずに、運ぶ! カウゼン様も手伝うんですよ」


セイレルンダがぼやいたので、手伝う気のないカウゼンにもはっきりと命じたのだった。

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黒侯爵は死にたがり占者を溺愛する マルコフ。/久川航璃 @markoh

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