第12話 邂逅
ぼんやりと振り返れば、記憶の中よりもすっかり大きくなった少女がいた。
稲穂のようなまばゆい金色の髪に、真夏の空を思わせる輝く青色の瞳。血色のよい顔色に、自分の姿が何もかも彼女の劣化版だったと思い出すには十分だった。
長いまつ毛に縁どられた眦を上げて、彼女は居丈高に言い放つ。
「罪人のくせに、よくも顔を出せたわね」
記憶の中の声と同じだ。
流暢に話すけれど、祖母の葬儀の時にも同じ言葉を吐かれたとぼんやりと思い出す。
「すみません。もう二度と参りませんわ」
静かに頭を下げて、メレアネは立ち去ろうとした。
彼女とは話したところでいつまでも平行線だ。目的のものは手に入ったので、確かに咎人が長居をしていい場所でもないとも考えたからだ。静かに眠っている祖母を困らせるのも忍びなかった。
祖母はよく喧嘩する二人を微笑ましげに眺めていたから、今も同じような顔をしているかもしれないが。あの頃とは程度が変わってしまったのは間違いがない。
メレアネは少女に憎悪を向けられているのだから。
昔はささいなことで喧嘩していたけれど、今は最愛の祖母を殺したと思われている。
「ちょっと待って。カウゼン様はどうして彼女と一緒にいるの」
問われた意味がわからず首を傾げれば、少女は媚びたように瞳を潤ませてカウゼンの腕に縋りついている。
「カウゼン様、先日の夜会はとても楽しかったですわね。あんな罪人など放っておいて今からゆっくりお話ししませんか」
やや上ずった声音に、メレアネは目を瞠った。
別に少女の艶めいた愛らしい声に驚いたわけではなく、仏頂面で顰め面で言葉遣いも丁寧とは言えないカウゼンが、少女に向かってにこやかに微笑んだからである。
一分の隙もない完璧な微笑だった。
そんな笑顔など今まで一緒にいて一度も見たことがなかったからだ。
彼は笑えるのかと衝撃を受けたのだ。
「神娘様、本日は私的な用事をしておりまして、御身を十分にお守りすることができません。すぐに御前を退きますのでよしなに」
誰の言葉だと耳を疑うが、カウゼンの口が動いているところを見ると彼が話しているらしい。まさかこの一瞬で別人の魂が乗り移ったのか。
温厚そうに見えるこの目の前の丁寧な男は誰だとメレアネは一瞬意識が飛びかけた。
だがカウゼンは少女の後ろに控えていた騎士に目配せするとさりげなく腕を解いてメレアネに近づくと腕をとった。
「御前、失礼いたします」
丁寧に頭を下げると呼び止められる前にさっさと墓地を出た。
待たせていた侯爵家の馬車に二人して無言で乗り込んだ。走り出した馬車の車輪の回る音を聞きながら隣に座るカウゼンの様子を窺う。
いつもの無表情だけれど、別に怒っているわけではない。
だというのに、笑顔の時は緊迫感があるとは矛盾している。
「なんだ?」
気づかれないようにこっそりと見つめていたつもりだったが、カウゼンは煩わしそうに眉を顰めた。
「なんか失礼なことを考えているだろう」
「え、いえ、とんでもありません」
そりゃあいつも無表情で不機嫌そうにしていたら、社交などやっていけないだろう。
とくにこれほどの美丈夫だ。近寄りがたくて、威圧感が半端ないのだから。
などと考えていただで、決して失礼なことではない。
メレアネにとっては褒め言葉のつもりでもある。
否定したというのに、カウゼンの瞳はどこまでも疑わしげである。
「お前が世間からずれてることは知っているからな」
「それこそ失礼です。私はずれていません」
慣れていないだけだ。
元婚約者と出かけるくらいしか外出せず、ほとんど自室に引きこもっていたのだから、経験値が圧倒的に少ないだけである。
「久しぶりに会った従姉妹に罪人呼ばわりされても、すみませんとしか返さないのは十分ずれていると思うが」
「ご存じでしたのね。まあ祖母の墓参りがしたいとお願いして連れてきてもらっているのだから当然でしょうか」
メレアネは祖母の墓参りに行きたいと言っただけなのに、ここに入れるように手配してくれたのだ。つまりメレアネの祖母が先代神娘であり前王妹であると知っているということだろう。それを1日で調べ上げてこうして王から許可証をとってきているのだから、カウゼンの情報網はなかなか侮れない。
メレアネにとっての祖母は母方の祖母という印象しかなかった。確かにぼんやりと偉い人というイメージは持っていたが、優しく穏やかな祖母という思い出が強い。今回墓参りをすることでようやく祖母の権力を実感したというのに。他人の方がずっと物知りだということに苦笑しか感じなかった。
それよりも従姉妹から告げられた言葉の方がずっと重要だ。
自分の過去の過ちや立ち位置を思い知らされたのだから。
いや、メレアネがわかっていたことをカウゼンに敢えて突き付ける形になったというべきだろうか。
「私が罪人だと知ってもまだ求婚されますか?」
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