第11話 記憶の中の声

メレアネは祖母が大好きだった。

母方の祖母で、いつでも優しくメレアネを迎えてくれて抱きしめてくれた。母譲りの容姿を褒めてくれて可愛らしいドレスをプレゼントしてくれた。


けれど、その最愛の祖母を亡くした時、彼女の墓の前で誓ったのだ。


もう二度と、しない――と。


けれど、カウゼンと結婚する条件として祖母が眠る墓の前にやってきて、メレアネは祖母の墓前に花を捧げ祈りを済ませると、ドレスが汚れるのも構わずに膝をついて、土を掘り始めた。

墓の右横の一角である。丈の短い草が均等に生え整えられているのはわかっているが、事情があるので許してほしいと思いながら。


「ここを掘ればいいのか?」


付き添いでやって来たのはカウゼンだ。

彼はメレアネのやや後ろに控えていたが、メレアネと同じように膝をついて土を掘り始めた。

祖母が眠っている墓地はどうやらかなりの地位がないと入れない場所にあるらしい。


祖母が亡くなった際、まだ小さい頃に一度だけやってきたので、そんなことも知らなかった。

結局、カウゼンが侯爵家の当主の権限で入れるように手配してくれたおかげで次の日にはこうして祖母の墓の前に立っていられるらしい。セイレルンダが泣きそうな顔で滔々と説明されたから間違ってはいないだろう。ちなみになぜ彼が泣きそうだったかというと、カウゼンが手続きで騎士団の仕事を放ってあちこち駆けずり回ったおかげで、総団長からお叱りを受けたからだ。まったく捕まらないカウゼンではなく、墓地への立ち入り許可の申請と小火の後始末に駆けずり回っていたセイレルンダの方が捕まりやすかったからだというのはなんとも皮肉な話ではある。


その間カウゼンが何をしていたのかはとくに語られることはなかった。本人も言うつもりはないようで無表情で黙秘を続ける彼はセイレルンダの恨み言を全く意に介さずに聞いていた。


とにかく、昨日の今日で手配できたのは、そういう大変な経緯があったということだけは理解できたので、メレアネはすみませんといつものように頭を下げた。


どおりで祖母が亡くなってから一度も墓参りなんてできなかったわけだと納得した。父が興味ないだけかと思っていたのだ。メレアネの母はメレアネが生まれた時の産褥熱で亡くなっているのでどんな人かも知らない。祖母から語られる母の話を聞くのが好きだったが、父から母の話など聞いたこともなかった。そもそも母に関心が薄く、政略結婚なのだとは幼いメレアネも感じていたので、祖母の墓参りなど必要もないと切り捨てていたのだと思い込んでいた。


まさか家格が足りずに立ち入れもしないなど考えたこともなかった。

むしろ権力重視の父にとっては、この墓参りで出会う人々にこそ意味があっただろうに。いや、立ち入れるほどの資格があるというだけで自尊心を満たされただろう。それができそこないの娘のせいで失われたのだから、さぞや業腹だったと想像できる。


「これか?」


ほどなくしてカウゼンは土の中から金属でできた小箱を取り出してきた。

幼い子供が埋めたのだから、もちろん浅いところにあるのはわかっていたが、想像していた以上に箱は小さかった。遠い記憶ではあるものの、それはとても大きなものだと勝手に思い込んでいたらしい。


なんの装飾もない金属でできた小箱をカウゼンが優しい手つきで土を払ってくれた。

それをメレアネは受け取った。


カウゼンは堀り起こした場所をまた丁寧に埋め直して均してくれていたが、メレアネは手の中の小箱で頭がいっぱいだった。


昔手放した罪の証が、こうして戻ってきた。

だというのに、胸にあるのは罪悪感でもなく、郷愁だった。

過去の自分に戻りたいとは思わないけれど、それでも戒め以上に懐かしさが去来する。


「なんで、あんたがここにいるのっ」


だから、彼女の声が聞こえた時、不意に記憶の中の声と重なった気がしたのだ。

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