第10話 彼女(セイレルンダ視点)
「さて、どういうことか説明してくれるかな」
書類に目を通していたカウゼンが訝しげに視線を向けてきた。
あまりに無垢な視線に、セイレルンダの方が愕然としたほどだ。
「おい、嘘だろう。こんな書類を用意させといて、本気でわかっていないとか言うんじゃないぞ」
「何だ、そんなに見つめても書類は返さんぞ」
「なんで私が自分で苦労して用意した書類をお前から取り上げるんだよっ」
深夜の王城の騎士団詰所の団長室――もちろん詰所に人はおらずほぼ静まり返っているのだが――に反響した自分の声に頭をぐわんぐわんとさせながらも目をかっと見開いた。
色惚けした親友は、すでにセイレルンダの知っている男とは異なるようだ。
異次元から現れたのかと疑いたくなるかのような思考回路である。
そもそも今カウゼンが目を通している書類は今日、彼女が求めたものだった。それをたったの数時間で用意したセイレルンダは自分を褒めちぎりたいほど頑張った。
というか、墓地に入るのに王からの許可書が必要だと知ったときのセイレルンダの衝撃は計り知れない。連れて行ってと言われたから素直に馬車を出せばいいのかと思えば、国王の許可が必要となるとは……。
もちろん馬鹿正直に国王から許可証を貰うわけではなく、相応の部署を通して発行してもらうものだが、一日で用意しろというのが土台無理な話である。
だが、それも彼女の祖母のことを思えば仕方がない。
『白の館』の元主であり、先代神娘にして前王の妹でもある女公爵。御大層な肩書を持つ彼女はもちろん埋葬されたのも王家の墓地である。つまり、おいそれと立ち入れない場所に眠っている。
彼女の墓参りに行くために、カウゼンに頼んだメレアネは正しい。
一介の伯爵令嬢がたとえ血のつながりだけで望んだところで、すぐに叶うはずもない。許可を取るだけで一年はかかるだろう。
それほど難しい話であることはわかっている。それがただの伯爵家の娘ならば。
けれどカウゼンを通せば、多少の融通が利く。
それでも多少のはずだった。まさか、数時間後に発行されるとは思わない。
明らかに、セイレルンダが知らない事情が働いている。
メレアネが単純に血縁者であるというだけでない理由が――。
「彼女は何者なんだ?」
「お前が言い出したんだろう。うだつの上がらない伯爵家の娘で、なんの力もないただの少女だと」
確かに彼女は神娘の従姉妹で、祖母は先代神娘だ。だが、侯爵家の当主に求婚されて次の日に行きたい場所が王家所有の墓地とはどういうことだ。一体、そんな場所に行って何をするつもりなのだ。単純に祖母の墓参りに行きたいわけではないのは明白だ。
「お前が呪われた黒侯爵だと知って顔色を変えないどころか挑むように結婚話を受け入れるような娘だ。そんな彼女がただの少女のわけがない。そのうえ、祖母の墓参りだって? 何をするつもりなんだよ。そしてお前は何を知っているって?」
「何をするつもりなのかは俺もわからないが、あの子が必要だと言うんだ。無駄なことはない」
「随分と信頼しているんだねえ」
「あれはもともと俺のものだからな」
「はあ?」
「一度は見逃した。二度目はない。ただ、それだけだ」
それは、他人に関心のない親友の珍しい執着の言葉だったから、セイレルンダはただ天井を仰いだ。
彼女がただ哀れに思えたから。
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