第九節 バレーボール大会と近づくこころ【彬】

第十九話 彬①

「バレーボール大会! 懐かしいわね、まさきくん!」

「そうだね、樹里じゅりちゃん。名前で呼ぶようになった日だから、忘れないよ」


 俺の両親は相変わらずラブラブだ。

 バレーボール大会のお知らせを出しただけなのに、二人で盛り上がっている。俺の学校は二人の母校でもあるんだよね。

 ふと、蘇芳すおうを見ると、じっと父さんと母さんを見て、嬉しそうにしている。


 蘇芳がうちに来て数週間経つ。

 すっかり馴染んで、なんだか楽しそうだ。最初に会ったときみたいな、張り詰めたようなイライラした感じはすっかり影を潜めていた。父さんや母さん(特に母さん!)のことをとても好きみたいだし、なぜかみなととも仲良しだ。



 俺も、蘇芳といっしょに学校に行ったり、いっしょに学校で過ごしたりすることに慣れて来た。――それだけでなく。

 電車の中で、嬉しそうに窓の外を見る蘇芳を見て、思う。

 いっしょにいて、楽なんだよな。これまでの彼女みたいに、気を遣わなくていい。蘇芳が感情をストレートに出すせいかもしれない。裏を読まなくてもいいって、いいな。

 電車が揺れて、蘇芳がぐらりとなったので、支える。

「ありがと」

 とちょっと笑って言う蘇芳。最近、笑顔も増えたな。



 みおとその友だちに無視されて、平和な学校生活は終わったかと思ったけれど、意外に大丈夫だった。蘇芳がいいクッションになっている。澪たちは何か誤解していたけれど、「海外からきた親戚の子」という設定はちゃんと活きていて、何かしら親切に接してもらっていた。ぼろが出たら困るな、と思っていたけれど、紅い髪と瞳を黒く見せているように、出自に関わる部分に関わる質問も出ないようになっていた。


「蘇芳ちゃん、バレーボールの練習しよう!」

「うん! じゃ、あきら、行ってくる!」

 蘇芳は、最近、お昼休みはごはんを急いで食べて、友だちとバレーボールの練習をしている。


 蘇芳がいなくなると、克己かつみが来て、俺の前の席に座った。

「よお」

「ん」

「彬はバレーボールの練習、しないの?」

「んー、いいや」

「……バレー部、なんで辞めたんだよ」

「……ちょっと、いろいろあって」

 俺は中学のときからずっとバレーボール部だったけれど、高二になったとき、母さんのことがあったから辞めたんだ。バレーボールを選択したのは、父さんと母さんの話を小さいころから聞かされていたからだと思う。


「ま、いいよ。――ところでさ、蘇芳さんとつきあってんの?」

「は? 蘇芳は、親戚の子で」

「でもさ、ずっといっしょにいるじゃん?」

「それはまあ」

「いや、彬の顔がやわらかいからさ。笑顔が嘘くさくないっていうか」

「……なんだよ、それ」

「彬さ、顔は笑顔なんだけど笑ってないときがあるんだよ。――気づいてない?」

「……気づいてない」


 確かに蘇芳といると「優等生の彬」でいなくていい、ような気はしていた。

 ふと視線を感じてそちらを見ると、澪と目が合った。でもすぐ視線を逸らせて行ってしまった。

「俺さ、澪といるときも、笑顔で笑ってないって感じだった?」

「めちゃくちゃ、そうだった。――てゆうか、彬、女子といるとき、いつもそうじゃん」

「マジ?」

「マジ。――女子は気づいてないけど」


 ああ、でも。

 きっと、つきあい出すと分かるんだろうな。そんなつもりは全くないけれど、いや、だからよけい駄目なのかな?

 泣き出しそうな顔の澪の顔を思い出す。

 ごめん、と思った。

 ごめん。好きになれなくて。

 好きじゃないのに、好きだよ、なんて言って、ごめん。

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