第53話 スタンピード発生

 それから数日後。

 スタンピードの予定日までかなりある。

 しかし森から、なにやらおぞましい気配が放たれた。

 冒険者だけでなく、戦いに身を置かない人々まで同じ方角を見て、恐怖に身をすくませていた。

 スタンピードが起きたのだと、全員が本能で察した。


 その日、アオイたちは四人で町をブラついていた。

 完全にオフの日。仕事も家事もしないつもりでいた。

 だが、そんな場合ではなさそうだ。


 情報収集のため冒険者ギルドに行く。

 ついさっき起きたばかりなので、当然、情報などなにもない。

 うろたえる冒険者と受付嬢がいるばかりだ。


「アオイくんたち! ごめんなさい、まだなにも分かってないの。王国軍は最低半分は森で待機することになってるから、モンスターが大量に湧き出ても、対処できてると思うんだけど……」


「あ、大丈夫です。ここで待ってれば一番最初に情報が入ってくると思っただけで。今すぐハッキリさせてほしいわけじゃありませんので」


 アオイたち四人は、ギルドの端っこの椅子に座り、右往左往する人々を呑気に眺める。

 数時間後。

 王国軍がギルドに飛び込んできた。

 甲冑がボロボロだった。


「戦略的撤退である!」


 隊長がそう叫ぶ。


「どういう意味ですか……? まさか……スタンピードを食い止められなかったんですか!?」


 ロザリィも叫び返す。


「ち、違う……犠牲者は出ていない。まだ負けたわけではない。しかし……モンスターの大量発生は、我々の想定を遙かに超える規模だった。今まで何度かスタンピードを見てきたが、こんなのは初めてだ! 体勢を立て直し、改めて戦いを挑む!」


「立て直すって……どのくらい時間がかかるんですか!」


「……まずは王都に帰り、状況を説明し、より大規模な部隊を編成してもらって……」


「王都に帰るって……その間にこの町はどうなるんですか!」


「自己責任で逃げてもらう。スタンピードが起きるというのは、住民に通知していたのだろう?」


「王都から軍が来るから絶対に大丈夫だとも説明しました! あなたたちが大丈夫だと言うから……」


「冒険者ギルドの受付嬢が情けないことを言う。我々がいない間、地元の冒険者で耐えたらどうだ。幸い、この町には立派な城壁がある。防御に徹すればなんとかなるのではないか?」


「無責任です! 国民を守るための王国軍でしょう!」


「違うな。王国軍は王国を守るためにある。こんな田舎の町が消滅したところで、王国になんの影響もない。来てやっただけでもありがたく思え」


「この町に住んでる私たちの前でよくもそんなことを……!」


 ロザリィは怒りの形相で、隊長に迫っていく。


「なんだと……貴様、受付嬢の分際で、ナイトの称号を持つ私にそんな口の利き方をしていいと思っているのか!」


 隊長がロザリィの胸ぐらを掴もうと腕を伸ばした。


 アオイは反射的に二人の間に割って入った。

 隊長の腕を弾くと同時に、その胸ぐらを掴んで跪かせる。

 とはいえ、隊長は甲冑で身を包んでいる。掴みやすい襟やネクタイなどはない。

 だから指で金属を変形させて強引に握りしめたのだ。


「なっ!」


 甲冑を鷲掴みにされるなど予想外だろう。ましてアオイのような子供に。

 隊長はなにが起きたか分からないという表情で固まってしまう。

 ほかの王国軍も、ロザリィや冒険者たちも同じだった。


「ナイトの称号がどれほど凄いのかボクは分かりません。なにが王国のためになるかも知りません。けれど、この町も、この町に住む人たちも、ボクは大切に思っています。傷つけようとするなら許しません」


 アオイがそう言い終わると、王国軍たちはようやく反応を見せた。


「小娘風情がよくも隊長に口答えを!」


 兵士の一人がアオイに斬りかかろうと剣を抜く。

 が、振り下ろすことはできなかった。

 それよりも速くクラリッサが動き、兵士の剣を根元から斬ったのだ。


「間に合ってよかった。もしアオイくんの薄皮一枚でも傷つけてたら……私、あなたを許さなかったから」


 クラリッサは今まで見たことがないくらい冷たい目をしていた。人を殺せそうな目だった。

 そして動いたのはクラリッサだけではない。

 ほかの冒険者たちもそれぞれの武器を手に取り、王国軍を取り囲む。


「ここは俺たちの町だ。てめぇら王都の連中からすれば取るに足らないかもしれねぇが、先祖代々住んでるんだよ!」


「俺はほかから流れてきた身だが、この町の人たちは温かく迎え入れてくれた。それを馬鹿にする奴はぶっ潰すぜ!」


 じりじりと距離を詰めていく。

 実力で圧倒的に勝るはずの王国軍は怯んでいた。

 更に――。


「我は人間同士のいざこざなどどうでもよいが……どうにもお前たちは不愉快じゃな。血を吸ってやろうか」


 イリスの背中に、暗黒の翼が生える。そして彼女は赤い瞳を輝かせ、鋭い犬歯をチラつかせた。


「そうねぇ。私も嫌いだわ。消えてくれないかしら~~」


 エメリーヌも同じように黄金の翼を広げ、そしてスカートの下からドラゴンの尻尾を生やした。


 二人とも、いつになく威圧的。

 普段は押さえていた存在感を、これ見よがしに放つ。

 直接それを向けられていないアオイでさえ背筋が凍った。

 睨まれた王国軍たちは当然、顔を恐怖で染める。


「せ、戦略的撤退!」


 隊長がそう叫ぶ前から、彼らは逃げ出していた。

 誰かが石を投げた。

 それでも王国軍は振り返りもせず、走り去っていく。


 誰もがスッキリした表情を浮かべる。

 が、もちろん喜んでばかりはいられない。

 腹が立つ連中を追い払ったのはいいが、スタンピードという最大の脅威は残ったままなのだ。


「俺たちで町を守るぞ! へなちょこの王国軍なんかたよってられるか!」


「おう! とにかく戦力を集めるんだ。ここに来てない冒険者にも声をかけろ。領主の兵士にも来てもらえ!」


「クラリッサ。いつの間に剣を斬るなんて芸当ができるようになったんだ? もう完全にお前がこの町最強の剣士だ。頼りにしてるぜ」


「おっけー。任せて」


 クラリッサは親指を立てる。


「それと、アオイっていったか? 俺のこと覚えてるか? お前が転生してきたとき、パラメーターを馬鹿にした奴だ」


 そういえばそんな人がいたな、とアオイは思い出す。


「あのときは悪かったな。随分と活躍してるみたいじゃねーか。お前にも期待してるぜ」


「ありがとうございます。頑張ります」


「へへ……やっと謝れたぜ」


 忘れかけていた相手だが、認めてもらえたのは素直に嬉しい。第一印象ほど悪い人ではなさそうだ。


「ねえねえ。その集まりって、冒険者に登録してないドラゴンと真祖が参加してもいいのかしら~~。楽しそうだから混ざりたいんだけど~~」


「楽しいかどうかはともかく我も手伝ってやろう。暇じゃからな。真祖の力があればどんなモンスターがどれだけ来ようと恐るるに足らず。感謝するがいい」


 エメリーヌとイリスがそう口にすると、冒険者たちは今日一番の驚きを浮かべた。


「ドラゴンに真祖……! 只者じゃないというか人間じゃない気配を出してたが、まさかそんなスゲェ存在だったなんて……ぜひ頼む!」


「おおおお! マジでなんとかなる気がしてきたぜ! やるぞおおおおっ!」

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