第54話 決戦

 冒険者や領主の兵士たちは、町の城壁の外に並ぶ。

 百人以上は軽くいる。

 アオイは、この町には戦える人がこんなにいたんだ、と感心した。

 誰もが決意に満ちた顔をしている。


 やがて森の方角から、地響きが聞こえてきた。

 草原の向こうから黒い壁が近づいてくる。

 いや、壁ではない。モンスターの群れだ。あまりにも数が多すぎて、一塊の壁に見えていたのだ。


 死を覚悟するには、十分すぎる光景だ。

 なのに誰も逃げない。

 王国軍なんかより、ずっと立派な人たちだとアオイは思った。


「俺たちの半分も生き残れねぇだろう……それでも町を守るぜ!」


 悲痛な決意が聞こえてきた。

 しかし、これはそこまで絶望的な戦いではない。そう励ますかのように、一条の光がモンスターの群れに突き刺さった。

 ドラゴン形態のエメリーヌが上空から放ったレーザーブレスだ。


 レーザーブレスは右から左へと流れたと思ったら、今度は左から右へと帰っていく。

 一瞬でモンスターの群れを大きく抉った。

 炎が上がっている。あまりの高熱に、直撃を免れたモンスターまで燃えているようだ。

 エメリーヌはレーザーブレスを一度止め、息を大きく吸い込み、また光を吐き出す。


「ドラゴンがスゲェのは当たり前だけど、実際に見るとここまでスゲェとは! 味方になってくれたのは奇跡だ!」


 冒険者たちの瞳に希望が蘇っていく。


「むむ。エメリーヌだけを活躍させるわけにはいかぬ。真祖の力を見せつけるのじゃ。刮目せよ!」


 イリスは暗黒の翼を生やして加速。群れに真正面から突っ込んだ。

 そして触手状のオーラを何本も伸ばし、周りのモンスターを手当たり次第に叩き潰していく。


「よーし。私も張り切っちゃうぞ」


 クラリッサもイリスに続いた。

 彼女の最高速度はイリスよりずっと下だ。それでも常人には視認が困難なスピードが出ている。

 そして最高速度で負けていても、身のこなしの上手さに限ればイリスに勝る。

 息を呑むほど美しい太刀筋を見せながら、群れの中を駆け巡った。


 エメリーヌが上空から砲撃して一気に削り、その隙間をイリスとクラリッサが潰す。

 三人の殲滅力は凄まじかった。アオイは「三人ともボクの家族なんですよ」と自慢して回りたくなった。


 しかし三人がいくら凄くても、それだけで全滅まで持っていくのは無理だ。数が多すぎる。打ち漏らしたモンスターが町に迫ってくる。


 とはいえ、壁が移動してくるような光景だったのに、今や点々とモンスターが走ってくるだけ。各個撃破してくださいと言わんばかりだ。

 冒険者たちも領主の兵士も怯まず迎撃する。


 クラリッサたちほどではないが、アオイだって装備のおかげで、そこそこ強い。魔法を放ったり、杖で殴ったりと、アオイもみんなと一緒に戦う。


「あなた、やるじゃない。うちのパーティーに入らない? むさい男がいない女性限定のパーティーよ」


「ごめんなさい。ボク、男です」


「え! こんなに可愛いのに……どうやら男に対する認識を改めなきゃいけないようね……」


 勧誘されるというトラブルもあったが、戦闘は大過なく進む。重傷者も出ていないようだ。


「もうこれで終わりか? 王国軍が騒いでいた割に手応えがないのじゃー」


「本当にね。まあ、エメリーヌさんのレーザーブレスが凄すぎたってのもあるけど」


「むむ? エメリーヌも凄いが、我も凄いのじゃ!」


「うんうん。イリスも頑張ったね」


「分かればよいのじゃ。クラリッサも人間にしては、なかなかじゃったぞ」


 帰ってきたイリスとクラリッサは、お互いを称え合う。

 冒険者や兵士たちも、モンスターが見えなくなったことで安堵を浮かべた。


 スタンピードは終わった。町を守り切った。

 そう思ったのも束の間。

 上空にいたエメリーヌが突然、地平線の向こうにレーザーブレスを撃った。

 一度だけでなく、二度、三度と連射する。とても焦っているように見えた。


「なんじゃ、なんじゃ。まだモンスターが来るのか?」


 イリスはエメリーヌの隣まで舞い上がる。

 そして慌てた様子で、一緒に地上に戻ってきた。


「大変じゃ! もの凄く巨大なモンスターが近づいてくるのじゃ!」


「ただ大きいだけじゃなく、私のレーザーブレスを防ぐほど強いわ。正直……かなりヤバいわね」


 エメリーヌの口から『ヤバい』なんて言葉が出てくるなんて、本当に危機が迫っているのだろう。

 足音のようなリズムが聞こえてきた。

 まだ姿が見えていないのに足音がするなんて、よほどの巨体だ。


 そして草原の丘の向こうから、三つの巨大な頭が見えた。

 三匹……否、三つの頭を持つ犬型のモンスターだ。

 エメリーヌは頭から尻尾までの全長が十数メートルと巨大だが、それと比べても遙かに大きい。倍以上かもしれない。


「ケルベロスだ……!」


 アオイは呟く。

 ケルベロス。それは異世界転生する前日にゲームで戦い、手も足も出ず敗北したモンスターだ。


「そんな……ドラゴンのレーザーブレスでも倒せないモンスターが出てくるなんて……どうすりゃいいんだ!」


 ついに冒険者たちに絶望が広がっていく。

 無理もない。

 ドラゴンという強大な存在が味方だったからこそ、命がけで戦う勇気が湧いていたのだ。

 そのドラゴンさえ敵わないとなれば、戦うだけ無駄。犬死にしかならない。そう考えて当然だ。

 クラリッサとイリスでさえ、冷汗を浮かべている。

 打つ手なしと思っているのだろうか。


 しかしアオイは、一つ試したいことがあった。


「ボクのマナバーストならどうでしょうか。エメリーヌさんのブレスより強いと思います。前に試し打ちしたときよりボクのMPは増えてますから、更に威力が強化されているはずです」

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