第47話 クラリッサの悩み
「本当にいた……」
クラリッサは丁度、サイクロプスを一刀両断にしているところだった。
あの巨人を一人で倒す。それ自体は賞賛に値する。
しかし冒険者ギルドが森に近づかないよう勧告を出しているし、勧告がなくても危険性を肌で理解しているはず。
なのに一人で。
なにかあったらどうするつもりなのか。
アオイはマナバーストを撃つとき、みんなを頼った。
クラリッサがなにを得ようとしているのか分からないが、どうして自分を頼ってくれないのか。
ふつふつと怒りが湧いてきた。
アオイが見ている中、クラリッサは更にサイクロプスを二体倒し、それから無数に飛び出してきたカメレオウルフを全滅させる。
動きのキレが前より更によくなっている。技術が洗練されているし、きっとレベルも上がった。
彼女がこの数日で厳しい修行をしてきたと分かる。
ところが褒める気にはならない。
「クラリッサさん、後ろ!」
「っ!?」
クラリッサはわずかな隙を見せていた。
油断というより、連続した戦闘による疲れが隙を生んだような印象だった。
それを突いて、カメレオウルフの一匹が背中から襲い掛かった。
反応が間に合っていない。
アオイはファイアの魔法でカメレオウルフを焼き払う。そうしなければクラリッサの肩に爪が食い込んでいただろう。
「アオイくん……?」
クラリッサは、盗み食いの現場を押さえられた子供みたいな表情だった。
「ええ、アオイくんですよ。ボクが来なかったら死んでたかもしれませんね」
「そうだね……ありがと」
「どうして一人で来たんですか? そりゃ以前は大丈夫だったでしょうけど。スタンピードが終わるまで、ここは超危険地帯です」
「……ごめん」
「あの、なにか悩みでも……?」
魔法道具屋の老婆の言葉を思い出し、問いかけてみた。
「うん。悩んでる」
「それはボクには言えない悩みですか?」
一人でクヨクヨするなんてクラリッサらしくない。
そう言いたかったが、何年も親交のある幼なじみというわけでもない。
お前に私のなにが分かる、と言われたら言い返せない。
「……もっと強くなりたいの」
彼女は静かに呟いた。
「クラリッサさんは十分強いのでは? あの町の冒険者としては最強クラスなんでしょう? ロザリィさんから信用されてますし。今だってサイクロプスを一人で倒してましたし。一対一の接近戦だと、ボクはクラリッサさんに勝てる気がしませんよ」
「そういう強さじゃないよ。エメリーヌさんとイリス……とんでもない強さじゃん。あんな二人がそばにいたら、劣等感が湧くよ」
「あの二人は人間じゃありません。比べたって仕方ないですよ」
「うん。そう思おうとしたんだけど……アオイくんのせいだよ!」
「え。ボクですか?」
「だってアオイくん、ドラゴンと真祖でもびっくりするような、とんでもない威力の魔法を覚えちゃったし! あんなのを年下の子が使ってるとこ見せられたら意識するよ! 超悔しい!」
「そ、そんなこと言われても……」
「だから言わないで一人でレベル上げしてたの。なのにアオイくん、来ちゃった……」
「様子が変だったので心配したんですよ。実際、モンスターに後ろとられてましたし」
「うん……助けてくれてありがとう……はあ……私、いいところないや」
クラリッサは自虐的な呟きをしながら肩を落とす。
かなりブルーな気分のようだ。
どうやったら元気を取り戻してもらえるかと考え、とにかく褒めまくることにした。
「ちょ、ちょっと……褒め殺す気か! 持ち上げすぎぃ!」
「たんに思ったことを正直に言ってるだけです。前にも同じように語りましたけど」
「うん! で、次は手加減して褒めるって約束したよね!?」
「あれは……努力目標みたいなもので、確約ではありませんから」
「汚い大人みたいなこと言い出した!」
「とにかく、ボクはクラリッサさんを尊敬してます。ボクが尊敬する人をあまり悪く言わないでください」
アオイは必死だった。
クラリッサは噴火しそうなほど赤くなる。
青ざめてるよりはいいだろうとアオイは思って、賞賛の言葉を重ねた――。
「アオイくん、後ろ!」
語るのに夢中になっていたら、クラリッサが真剣な顔で叫び、走った。
そしてアオイの後ろに忍び寄っていたカメレオウルフを一刀両断にする。
「あ、ありがとうございます……」
「油断しすぎだよ。気配を読むのは、私のほうがアオイくんより上手なのかな。……うん。私、卑屈になってたね。アオイくんのおかげで少しスッキリした。ここでレベルをいくつか上げたところで急激に強くなるわけじゃないし。無理したっていいことないね。帰ろ、アオイくん。迎えに来てくれて、ありがと」
クラリッサは笑顔でアオイに腕を伸ばしてきた。
アオイはそれを握り返し、一緒に歩く。
「随分とニコニコしてるね、アオイくん。私と手を繋げてそんなに嬉しい?」
「はい。やっぱりクラリッサさんは、こうやってボクを引っ張ってくれないと」
「ふふふ。お姉ちゃんにまっかせなさい」
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