第46話 アオイは女心が分からない

 マナバーストの試し打ちをした次の日の朝。


「ごちそうさま。今日もレベル上げに行ってくるね」


 そう行ってクラリッサは出かけてしまった。

 決めポーズの一番の相談役になってくれそうだったのに。


「クラリッサさん、近頃、レベル上げに熱心ですよね」


「我やエメリーヌが来て、力の違いに焦っとるんじゃないのか?」


「なるほど。けれど今日は一段と思い詰めた顔で出かけていきました。ちょっと心配です」


 アオイがそう呟くと、エメリーヌとイリスは首を傾げる。


「いつもと変らないように見えたけど……アオイくんにしか分からない微妙な表情なのかしらね~~」


「我も分からんかった。しかし、クラリッサの様子がいつもと違ったとしたら、その理由はなんとなく察してしまうのじゃ」


「あら、どんな理由かしら~~?」


「ボクも気になります。教えてください」


「ふふん、教えぬ。特にアオイは駄目じゃ。自分で気づくのじゃ」


「そんな。イリスさん、いつからそんな意地悪になったんですか」


「我は真祖ぞ。人間に親切なわけがなかろう」


 イリスがあんまり偉そうな顔だったので、アオイはついイジりたくなり「こないだ、近所の子供と遊んでたくせに」と指摘してやった。

 するとイリスは白い肌を真っ赤に染め「あ、あれは油断を誘い、血を吸うためじゃぁ!」と言い逃れをする。そしてバタバタと自室に引っ込んでしまった。


 アオイはエメリーヌと一緒に食器を片付けてから、ぶらりと町に出かけた。

 自然とクラリッサの姿を探してしまう。が、見当たらない。

 もう町の外に行ってしまったのだろうか。


 ギルドに行ってみる。

 ロザリィいわく、今日はクラリッサの姿を見ていないという。

 つまり仕事としてではなく、純粋にレベル上げのためだけにモンスターと戦うつもりなのだ。


「なぁに? クラリッサさんとなにかあったの?」


「イリスさんいわく、なにかあったみたいなんですけど、ボクは自覚ないんですよ」


「そうねぇ。アオイくん、女の子みたいな顔だけど、女心に無頓着そうだものねぇ。その歳で女慣れしてても困るけど。よし、今日はギルドの受付嬢じゃなく、頼れるお姉さんとして相談に乗ってあげる」


 アオイはここ数日クラリッサがレベル上げに熱心なのと、昨日自分がマナバーストを撃って気絶したこと。そして今日はクラリッサが一段と深刻な顔でレベル上げに出かけたのを語る。


「昨日、もの凄い爆発音が遠くから聞こえたと思って、冒険者を何人か調査に行かせたんだけど……あれ、アオイくんの仕業だったのね。今度から異変が起きたら、調査する前に、まずアオイくんに聞くことにしようかしら」


「そんな。世で起きる異変が全てボクのせいみたいに言わないでください」


「けど。ここ最近の騒動の中心にいつもアオイくんがいるのは事実よ」


「……それで、クラリッサさんの様子がおかしい理由、なにか心当たりありませんか?」


「ごめんなさい。よく分からないわ。やっぱり同じ女でも、受付嬢と冒険者じゃ違うのかも」


「はあ……そういうものですか……」


 参考にならないなと思いつつ、ギルドをあとにする。

 こうなったら町の外に行こう。

 もしかしたらクラリッサに会えるかもしれない。会えなかったらアオイもレベル上げにいそしむ。強くなって損はない。


「一人で町の外に出るなんて久しぶりだな」


 エメリーヌやイリスが加わり、アオイの周りは随分と賑やかになった。

 それでもやはり、アオイにとって一番存在感があるのはクラリッサだった。

 彼女がそばにいてくれないと、活力が湧いてこない。


「とりあえず洞窟でも行ってみるか」


 草原より洞窟のほうがモンスターが多いし、強い。

 レベル上げをするならそこだろう。

 洞窟は広いので、いても会えるとは限らないのだが、それにしても人の気配がなかった。

 試しに「クラリッサさーん」と呼んでみる。壁に反響してこだまする。

 かなり遠くまで響いたはず。

 だが返事はない。

 クラリッサがこの近くで戦っていたら、その音が聞こえてきそうだが、それもない。


「ここにはいないのかな」


 アオイは攻撃魔法でモンスターをポコポコ倒しながら、地上に戻る。


「ほかにレベル上げに向いてそうな場所……まさか森に行ったりしてないよね」


 そこはアオイとクラリッサが初めて出会い、カメレオウルフやサイクロプスと死闘を繰り広げた思い出の場所だ。

 だが、スタンピードの前兆が観測され、すでにモンスターの増加が始まっている。

 サイクロプスと戦ったあの日でさえ激しい恐怖を感じた。今は更に危険になっているだろう。

 クラリッサはあれで冷静な判断ができる人だ。そんなところに一人で行くはずがない。

 そう思いつつ、悪い予感がする。自然と足が森に向かった。

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