第41話 今こそ闇の魔導書を

 イリスが現れた次の日の昼過ぎ。


「うおおおおっ! 勝負じゃ、エメリーヌ!」


 と、家の外が騒がしい。

 なんだろうかとアオイが窓から様子をうかがうと、イリスがメイド服姿のエメリーヌをビシッと指さしていた。

 そんな挑発的な感情を向けられても、エメリーヌは微笑みを絶やさず、ホウキで砂埃をはきながら答える。


「いいわよぉ。どんな勝負~~?」


「そうじゃな……あのイヴァギ山の麓に温泉街があるじゃろ? そこの温泉まんじゅうを買って、先にここへ帰ってきたほうが勝ちじゃ!」


「おっけ~~」


 エメリーヌは跳躍し、空中でドラゴンに変身。

 イリスも同時に飛び立ち、山に向けて加速。

 二人とも一瞬で見えなくなってしまう。


「温泉街って結構遠いはずだけど……夕飯までに帰ってくるのかなぁ?」


 残されたホウキを持ち上げながら、クラリッサが呟く。

 しかし、それは杞憂だった。

 一時間もしないうちにエメリーヌが帰ってきた。人間形態に戻った彼女の手には、温泉まんじゅうの箱があった。


「ただいま~~。うふふ、私の勝ちみたいね」


 ほどなくしてイリスも帰還する。


「ぐぬぬぅっ! 今日こそは我の勝ちと思ったのに……しかもエメリーヌが買ってきたそれ、数量限定のではないか! カスタードが入ってるやつ! 我が買おうとしたら売り切れじゃったのに……」


「これが最後の一個だったの~~」


「酷いのじゃ! 我から勝利を取っただけでなく、カスタード温泉まんじゅうまで取ったのじゃ……我も食べたいのじゃぁ」


「独り占めなんかしないわよ。みんなで食べましょ。イリスが買ってきた普通のあんこ入りのもね」


「わーい。相変わらずエメリーヌはいい奴じゃなぁ」


「それならボクが紅茶を入れます。三時なので、おやつを食べるのに丁度いいですね」


「アオイくん、私も手伝うよ」


 という感じで、その日は和気藹々と温泉まんじゅうを食べた。

 だが次の日。

 イリスがまた「勝負じゃぁ!」とエメリーヌに食ってかかる。


「うーん……昨日、遊んじゃったから、今日は真面目にお掃除したいんだけど~~」


「あ、遊びではない! 真剣な勝負じゃ!」


「とにかく、また今度ね~~」


 クラリッサは鼻歌を歌いながら雑巾を絞り、熱心に窓ガラスを拭いていく。

 とても楽しげだ。

 邪魔しては悪いと思ったのか、イリスは大人しく引き下がった。

 が、不満は残ったようで、頬を膨らませている。

 二百年以上生きているらしいが、まるっきり子供だ。


「イリスは、どうしてそんなにエメリーヌさんと勝負したがるの?」


 クラリッサが尋ねる。


「勝負したいのではない。勝ちたいのじゃ! 我は偉大なる真祖ぞ。なのにエメリーヌに負けっぱなし……情けないのじゃ」


「うーん。確かに真祖ってメッチャ強いイメージあるけど、それはドラゴンも同じだし。勝てないからって、情けないとは思わないけどなぁ」


 クラリッサは真顔で指摘した。


「真祖にメッチャ強いイメージ! ぬふふ、クラリッサは正しい認識をしとるな。じゃが、ドラゴンと同じではいかん。真祖のほうが、ちょこっと上なのじゃ!」


「随分とこだわるなぁ。一族の誇り的なやつ? エメリーヌさんに勝つまで家に帰ってくるなとか親に言われたの?」


「ふん。我に親などおらぬ。お前、真祖の定義を知らぬのか?」


「え。真祖って超強い吸血鬼のことじゃないの?」


 ぽかんと口を開けるクラリッサを見て、イリスはやれやれと肩をすくめる。


「確かに真祖は普通の吸血鬼よりも強い。が、もっと大きな違いがある。普通の吸血鬼は、ほかの吸血鬼に噛まれることでなる、、。真祖は、ほかの吸血鬼とは無関係に存在する。我は誰にも噛まれておらぬ。我は十歳のとき、真祖となった。もし仮に、この世界に一人も吸血鬼がいなかったとしても、我は吸血鬼になっていたということじゃ。そして我を始祖として、新たな吸血鬼が増えていく。どうじゃ、偉大な存在じゃろう!」


 イリスの説明は、アオイがフィクションで得た真祖の設定と合致していた。

 真祖とは、吸血鬼の始祖。

 イリスは誰かに襲われて吸血鬼にされたのではない。それは幸いなことだ。しかし同時に、別の懸念が思い浮かぶ。


「十歳で真祖になった。ということは、十歳までは人間だったんですか?」


「まあ、な」


 アオイの質問に、イリスは短く答える。


「なら、人間の親がいたのでは?」


「ふん! あんなやつら、親ではない! 強いていえば……我の親はエメリーヌだけじゃ。捨てられた我を育ててくれたのは、エメリーヌじゃ……」


「そんな事情があったんですか……けれど、育ててもらった恩があるなら、なおさら勝負を挑む理由が分からないんですけど」


「親代わりの相手じゃからこそ、一度くらいは勝ちたいのじゃ! エメリーヌはいつまでも我を子供扱いしてくる。そして我は、実際に見た目が子供。このままでは我自身の中に、いつまでも甘えた気持ちが残る。エメリーヌに勝たんと、一人前になれぬ気がするのじゃ!」


 それを聞いてアオイは首を傾げる。

 親に勝ちたいなんて、考えたこともなかった。

 かつてアオイが両親に対して抱いた感情は「会いに来て欲しい」という一つだけ。

 ところが一緒に聞いていたクラリッサは共感したらしい。


「分かるよ。立派な家族がいるとプレッシャーだよね。なにか一つくらいは超えたいよね!」


「おお、クラリッサ。分かってくれるか!」


 二人は見つめ合い、頷き合う。

 やはりアオイには分からない。

 勝つとか、超えるとか、一人前になるとか、ピンと来ない。

 つまり彼女らより自分のほうが子供なのだろう。

 それを考えると、ちょっと悔しい。

 イリスが願いを達成するところを見れば、自分も少しは成長できるだろうか――。

 アオイはそんなことを考える。


 なら手伝ってみよう。

 この屋敷の地下室で手に入れた魔導書を使えば、イリスに勝たせてあげられるかもしれない。



――――――

名前:ダーク・アンプ

属性:闇


説明:ゾンビや悪霊、吸血鬼といった闇の存在を強化する魔法。攻撃力や防御力、素早さなどをまんべんなく強化する。

――――――

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