第40話 支部長のなにかをぶっ壊す

 冒険者ギルドの受付嬢ロザリィはその日、忙しかった。


 この町に真祖とドラゴンが住み着いた。

 そしてスタンピードの発生原因についての新しい説を聞いた。二人にとっては新説でもなんでもないのだろうが、人間からすれば目新しい話だった。ロザリィの報告書を切っ掛けに、色んなところで議論が活発になるかと思うと、自分が世界を動かしたような気分になって楽しかった。


 しかし、楽しんでばかりもいられない。

 真祖とドラゴンいわく、スタンピードは一ヶ月後に起きるらしい。こちらの調査結果より一ヶ月も早い。

 王国軍の派遣を急いでもらわねば。


 それらの報告書をまとめる。

 作業中、どうしても雑念がよぎる。

 ロザリィは集中力があるほうだと自負していた。

 なのに別のことを考えてしまう。


(今日のアオイくん……ごく自然に女の子の恰好してたわよね……?)


 思い出して、ペンを止めてしまう。

 アオイがギルドに入ってきた瞬間は『あら、今日は一段と可愛いわね』くらいにしか思わなかった。


 だが、異変に気づいて二度見した。

 ヒラヒラのフリフリで、スカートがふわわっと広がっていた。いわゆるロリータファッションであった。

 似合いすぎていて、それが本来の姿に見えたが、違う。違うはずだ。


 なのにクラリッサも、真祖もドラゴンも、アオイの服装にツッコまない。それが当然という顔で別の話をしてくる。

 真祖の少女に至っては、アオイと同系統の服を着ていた。もしかして流行っているのか。ナウなギャルはこれを着るのが当然なのか。いや、だとしてもおかしいだろう。アオイは少女ではなく少年のはずだ。


 とはいえ話題がスタンピードについてなので、茶々を入れている場合ではなく、真面目に聞くしかない。

 真面目に聞きたいのにアオイが気になって、たまに意識がそっちに持っていかれる。


 アオイたちが帰るまで、なんとか乗り切りった。

 報告書を作成する。

 今日はあまり人が来ないので、受付業務の合間で十分間に合うだろう――。

 そう思っていたのに、筆が進まない。

 頭の中でアオイがロリータドレスをひらひらさせている。


(可愛すぎるでしょ! なにあの生き物! お持ち帰りたい……!)


 もはや真祖やドラゴンより貴重な生物に思えてきた。

 それでも、なけなしの集中力をかき集め、残業までして報告書を完成させ、ギルド支部長の机に提出。

 ようやく帰宅できる。


 酒を飲みたい。なんだか飲まないとやってられない気分だった。

 いつもなら同僚を誘うが、まだギルドに残っていたのはロザリィだけだった。

 仕方がないので、帰りに安いワインを買い、アパートで一人で飲む。

 寂しい独身の夜という感じがする。しかし好都合かもしれない。一人でじっくり考える時間ができた。

 お題はずばり『今日のアオイくん』である。


「あれは完全に女の子だった……けど、こないだまでは、いくら可愛くても〝少年〟って感じだったし……いや、今日も仕草は男の子だったわ。アオイくんは男の子? 女の子? 水晶には性別が表示されないし……女の子だとしたら、どうして今まで偽ってたのかしら。男の子だとしたら、どうして女装を……? ただの趣味? 私を驚かせようと? うぅ……分からない。アオイくんとはなんなのか……」


 考えているうちに、生命とは、宇宙とはなにか、と考えがエスカレートしていく。それに合わせて酒の消費も早まっていく。


 気がつくと、次の日の朝だった。

 床に転がっているワインの瓶は、完全に空だった。

 途中から記憶がない。


 だが、ちゃんと寝間着に着替えて、ベッドに潜り込んでいた。

 どれだけ泥酔しても、そこはいつもちゃんとしているから、我ながら不思議だ。


 起き上がる。

 頭が痛い。ぐわんぐわんと世界が回っている。

 なぜ昨日はこんなに飲んでしまったのか。

 そうだ。アオイくんが可愛すぎるのがいけないんだ。

 責任をとってお嫁さんになってくれればいいのに――。


「いやいや、アオイくんは男の子だし……そのはずよね? そもそも女の子だったとしても、こっちも女だし。なぜ私は嫁を欲しがってるのかしら……混乱してきた……これも全てアオイくんのせいだわ。限度を超えた可愛いは、時として悪ね!」


 二日酔いが辛い。しかし二日酔いには慣れている。

 初動が大切だ。もう少しだけ横になりたいなんて考えていたら、すぐ昼過ぎになってしまう。

 えいやっ、と飛び起きて、その勢いのままシャワーを浴び、服を着て、化粧し、家を出る。

 毎日通っている道だ。たとえ泥酔していても迷わず歩ける。

 遅刻せずにギルドに到着。


 少しアルコールが抜けてきた。

 これなら通常業務に支障はない。


 と、思いきや、支部長から呼び出された。

 もう報告書を読んでくれたらしい。


 支部長は五十を過ぎた、中肉中背の男性だ。

 頭皮がフサフサだが、実はカツラである。バレたくないらしく、ヅラだと知っていると匂わすと有給休暇を取りやすくなる。

 しかし……実はこの支部の全職員が『支部長はヅラだ』と知っていた。


「ロザリィくん。読ませてもらったよ。転生者の少年だけでも貴重なのに……真祖とドラゴンか。下手をすると、王都のギルドより戦力が集まってるんじゃないかな?」


「真祖とドラゴンは冒険者として登録してないので、うちの戦力として数えないほうがいいと思いますけど。人間に都合よく動いてくれるとは限りませんし」


「ああ、そうか。残念……いや、登録してないなら、なにかトラブルを起こしてもうちの責任にならないな。そう考えると気が楽だ」


 支部長の夢は、無事に定年退職することだ。

 よって大きな功績を立てるより、トラブルなく勤め上げるのが最優先。

 つまらない奴、と批判する者はいない。

 田舎の冒険者ギルドの職員なんて、給料さえもらえればそれで満足という者ばかりだ。


 その昔、「俺は実績を上げて王都に栄進するんだ」と鼻息を荒くしている支部長がいたらしい。

 いつも怒鳴り散らし、達成不可能なノルマを課してくる。

 無論、職員から嫌われ、無視され、しまいにはストライキが発生。冒険者ギルドは機能しなくなった。

 それで困った冒険者たちが、支部長を闇討ち。拉致監禁。「受付嬢たちに優しくしろやゴラァッ」という情熱的説得のおかげで、その後、支部長は魂が抜けたように大人しくなったという。


 今の支部長に、そんな説得はいらない。

 なにせ一番やる気がないのだ。

 おかげでロザリィたちは楽できる。


「この報告書、興味深いことが書かれているね。読んでて楽しいんだけど、興味深すぎて世間の注目を集めそうだなぁ。注目されるのは嫌だよ。私が定年するまで机にしまっておいちゃ駄目かな?」


 いくらなんでも、これはやる気がなさすぎではなかろうか。


「冗談だよ。そんなに目を細めないで。君の報告書はいつも事実を簡潔に書いていて、分かりやすくて実にいい。しかし、一つだけミスを見つけたよ」


「ミス、ですか?」


 まるで心当たりがない。


「うむ。実はね。昨日、クラリッサくんがギルドから出ていくところを見たんだよ。ほかに三人と一緒だった。三人とも女性だったよ。しかし前に提出してもらった報告書では、転生者のアオイは少年だと書かれていた。あの中の誰がアオイなのか分からないが、いずれにせよ少年はいなかった」


「ああ、なるほど。言いたいことは分かりました。ですが支部長。アオイくんは少年です」


「……すると、昨日はクラリッサくんと別行動だったのかな?」


「いえ。一緒にいました。支部長が見た三人のうちの一人です」


「んん? ロザリィくん。君がなにを言ってるのか分からないぞ。あの美女と美少女の集団の中に男が混じっていただと……? そんな……私の性癖をぶっ壊すつもりかね!?」


「ぶっ壊すつもりはありませんし、正直、ぶっ壊れても知ったことじゃないんですけど。とにかく私は本当のことしか言ってません」


「おいおい。誰がアオイなんだ……まさか、あの胸が大きい金髪の美女か!?」


「違います。それはドラゴンが変身した姿です」


「……銀髪の吸血鬼っぽい子かな?」


「それは真祖です」


「すると……赤い髪の少女剣士……」


「それはクラリッサさんですよ。ボケるのやめてください」


「じゃあ……あの黒髪ショートヘアの子が転生者アオイだとでも言うのかね! 四人の中で一番可愛いまであるぞ!」


「そうなんですよ。あの一番可愛いのがアオイくんなんですよ」


「し、信じないぞ……! あれが少年だって……? 私はただ無難に定年まで働きたいだけなんだ。なんだってここで急に性癖を破壊されなきゃいけないんだ!」


「私だってアオイくんのせいで悶々としてるんです! 支部長もその苦しみを少しは味わえばいいじゃないですか!」


 支部長が叫んだので、ロザリィも叫び返す。

 その後、アオイは少年か少女かという不毛な議論が続く。

 やがて、そんなくだらない話をしている場合ではなく、スタンピードが予定より遙かに早まるかもしれないことへの対応をしなければならないと思い出す。


 無駄に上司と言い争ってしまった。

 全てアオイが可愛いのが悪い。

 やはり、責任を持ってお嫁さんになってもらわないと――。

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