第39話 チンピラのおかげで真祖は元気になる

 ロザリィが報告書を作るというので、アオイたちはギルドをあとにした。

 丁度いい時間なので、帰りに夕飯を食べていこうかとアオイとクラリッサは話し合う。


「エメリーヌさんとイリスさんも、それでいいですか? ……って、イリスさん、どうしてそんな周りを警戒してるんですか?」


 銀髪の真祖はアオイたちの前を、まるで狙撃手を探しているかのようにキョロキョロしながら歩いている。


「だって、お前たちのパラメーターを見たら心配になるのじゃ……あっ、こんなところに小石が! つまずいて転んだら大変じゃ!」


 イリスは石を拾って投げようとする。が、ここは大通り。投げたら誰かに当たってしまう。


「その辺の連中は、アオイやクラリッサより更に弱いんじゃろ……?」


「まあ、冒険者より一般人のほうが弱いでしょうね」


「信じられぬ……風が吹いただけでバラバラになったりせんか? かまいたちに巻き込まれたみたいに……我が投げた石が当たったら、きっと木っ端微塵なのじゃ……」


「そりゃ本気で投げたら木っ端微塵でしょうけど」


「町中で本気で投げるわけないじゃろ! 石を投げては駄目で、その辺に置いておくのも駄目……こうなったら消すしかないのじゃ。ふん!」


 イリスは石を握りつぶした。木っ端微塵どころではない。完全に粒子になって空気中に舞っていく。

 ここまでやれば彼女も安心できるだろう。と思いきや。


「あれを吸い込んで喘息になる者が出たら、我は……我は……!」


「ちゃんと空に舞い上がったんで大丈夫ですよ。心配性にもほどがあります」


「イリスって本当に優しい子なんだね。人間はそこまで弱くないから怖がらなくていいよぉ」


 クラリッサはイリスの頭をなでなでする。


「べ、別に優しくないし、怖がってもいないのじゃ! ただ……こうして人間の中を歩いていると、うっかり傷つけてしまわないか気が気でなくて……心臓がバクバクしたり、目眩がしたりするだけじゃ!」


「割と重症なんですね……」


「うふふ。イリスって実は神経質なのよね」


 冒険者ギルドではエメリーヌも人間のパラメーターを見て、気の毒そうにしていた。しかし今はイリスと違って平然としている。


 これまで聞いた話から考えるに、彼女らが人間の町に来たのは、これが初めてではない。

 だから人間が少々のことでは死なないと分かっている。

 エメリーヌの反応がむしろ当然。

 イリスも頭では大丈夫と分かっているはずだ。が、水晶が表示したパラメーターのインパクトが強すぎて怯えているのだろう。


「神経質なものか。我は偉大なる真祖ぞ! なにが起きても動じぬのじゃ!」


 イリスは「心臓がバクバク」と言った舌の根も乾かぬうちに偉そうな台詞を吐く。

 と、そのときイリスの肩が、大柄な男性とぶつかった。


「あアぁんッッ!? てめぇ、俺にぶつかってくるたぁ、いい度胸してるじゃねぇか!」


「アニキ、でぇじょうぶですか? このガキ、随分と勢いよくぶつかって来ましたぜ」


 大柄な男の隣にはモヤシのように細い男がいて、イリスを睨みつけている。

 舎弟、という言葉がアオイの脳裏に浮かんだ。ヤンキーやヤクザなど物語でしかお目にかかったことがないので、少しばかり感動してしまう。


「す、済まぬのじゃ。つい脇見をしていたのじゃ……け、怪我などしておらぬか……?」


「おう、怪我したぜ。謝って済む話じゃねぇな。折れちまった。へへ、全治に何ヶ月かかるやら」


「こりゃひでぇ! やい、クソガキ。家まで案内しな。お前の親からたっぷり治療費をもらってやるぜ」


 二人のチンピラは、いいカモを見つけたという感じで舌なめずりしながら笑う。

 どう見たって骨折などしてない。

 だがイリスはか弱い人間を傷つけてしまったと思い込み、罪悪感で今にも泣きそうな表情だった。


「あ、あんな軽く当たっただけで骨折……やはり人間は弱いのじゃぁ……これからはぶつからぬよう細心の注意を払うから許して欲しいのじゃ……」


「だから謝っても駄目だってアニキが言ってるだろうが! アニキぃ。こいつ、なんだか俺らのこと舐めてませんか?」


「ああ、舐めてやがるな。大人として教育してやらねぇとなぁ!」


 大きいほうのチンピラが、骨折したはずの腕でイリスの胸ぐらを掴む。そして体全体を持ち上げた。

 イリスの目が、すぅぅと細くなる。


「……お前、治るのに何ヶ月もかかる骨折をしたのでは? いくら我が小さくても、折れた腕で持ち上げるのは無理ではないのか?」


「んな細けぇことはどうでもいいんだよ!」


「ふむ……すると我を脅し、治療費と称して恐喝するのが目的であったか」


「よく分ったな、お利口さん! なら金を払わなきゃ、そっちが骨折する羽目になるのも分かるよなぁ?」


「アニキは冒険者に喧嘩で勝ったこともあるんだぜ! さっさと大人しく親のところまで連れて行きやがれ!」


「へへ。こんないい服をガキに着せてるんだ。よっぽどの金持ちに違いねぇ。今夜は久しぶりにパァァァッと豪遊するぞ!」


 無論、彼らは豪遊などできない。

 イリスはまず大きいチンピラのおでこにデコピンを放った。それは彼女にとって手加減に手加減を重ねた、それこそ虫けらを殺さぬように触れるが如き力加減だったはずだ。

 なのにチンピラは勢いよく吹っ飛んで転がっていく。

 もちろんイリスの胸ぐらを掴み続けるなど不可能で、自由になった彼女はストンと軽い仕草で着地する。


「ア、アニキ!? てめぇ、さては魔法を使ったな!」


「アホめ。お前らのような雑魚に魔力を使うはずなかろう。もったいない。ていっ」


 イリスは小さいチンピラにもデコピンし、やっつけた。


「おお、二人ともピクピクと動いとる。人間、そう簡単には死なんのか。案外と頑丈じゃな。思い返してみると、今までこのくらいのじゃれ合いは幾度もあった。心配して損したのじゃ。我のドレスを『いい服』と言ってくれたのに免じて、今日はこのくらいで許してやろう。もう悪さするでないぞ」


 人間はガラス細工ではないと思い出したイリスは、鼻歌を歌いながら歩き出す。

 怯えずに歩けるようになってよかったなぁ、とアオイは我がことのように喜んだ。

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