第27話 ただいま

 冒険者ギルドに行き、ゾンビ屋敷問題について報告した。地下室で遭遇した喋るゾンビのことを語り、見つけた手記を提出する。


「ご苦労様。依頼主と一緒に確認するから数日待って。それで報酬はお金じゃなくて、あの屋敷でいいのよね? オッケー、分かったわ。事務手続きもこっちでやっておくから。依頼が達成されたと認められたら、あの屋敷は正式にあなたたちのものよ」


 アオイとクラリッサは顔を見合わせる。

 自分たちの家。

 それがいよいよ現実的になってきた。

 しかし、まだ油断してはならない。

 実はゾンビの発生源の浄化に失敗していて、明日になったらまたゾンビがウヨウヨ……というのもあり得るのだ。


 成功していたら儲けもの、くらいに考える。

 過度な期待などしない――。

 そう自分に言い聞かせたいのに、油断すると頬が緩んでしまう。

 この調子では、普段は楽勝で勝てるモンスターにも負けそうだ。

 アオイとクラリッサは死ぬ危険が限りなくゼロの、簡単な薬草集めの仕事だけ請け負うことにした。


 薬草を集めてギルドに持っていくと、ロザリィがスタンピードについての進捗を教えてくれた。

 王都から来た調査員は、あの森のモンスターの数が増えているのを確認したという。本来、いるはずのないモンスターとも遭遇した。


「スタンピードは数ヶ月後に起きる。けれど心配しないで。ほかの町から強力な冒険者を集めるから。時期が来たら、あなたたちは町の中でのんびりしててね」


 アオイとクラリッサは頷く。

 やがてゾンビ屋敷での戦いから、一週間が経った。


「あれからゾンビは一匹も確認されてない。これで依頼達成ということで話をつけたわ。向こうとしてもこれ以上は引き延ばしたくないんでしょうね」


 依頼主がゾンビ屋敷を持て余していたからこそ、依頼を一つ達成しただけで『家をもらえる』なんて美味しい話になったのだ。

 ゾンビが湧いている状態のまま、誰とも知れない相手に屋敷を譲ったら、町を揺るがすトラブルに発展するかもしれない。そうなれば依頼主の信用に傷がつく。だから今までコストを払って維持してきた。


 しかし冒険者ギルド立ち会いの下に、ゾンビ問題は解決した。

 ここまでやれば、不動産屋としての義理は果たしたといえる。

 このあと、またゾンビが出てきても、それはアオイとクラリッサの責任でどうにかしなければならない。


「いい? あなたたち二人にはゾンビをなんとかする力がある。その信用があるからこれを受け取れるのよ。一応、覚えておいてね」


 ロザリィはカウンターの上に鍵を置く。

 どこにでもありそうな古ぼけた鍵だ。

 それを受け取り、この前までゾンビであふれていた屋敷に向かう。


 アオイは、いまだ実感が湧いてこない。

 家に行く? 家に帰る?

 あんなに家が欲しかったのに、いざ手に入ると妙な物足りなさを感じた。

 なぜ自分はあんなにも家を欲していたのかと首を傾げたくなる。


 ふわふわした気持ちのまま敷地に入る。

 クラリッサが玄関の鍵穴に、受け取ったばかりの鍵を差し込む。回す。カチャリと音がした。


「開いた! 私たちの家だ! たっだいまぁ!」


 彼女はウサギのように跳ねて屋敷に飛び込んだ。

 中の様子は一週間前と変っていない。しかしクラリッサは目を輝かせている。


「ここを自由にしていいんだぁ。家賃も宿代も払わなくていいんだぁ。そしてアオイくんと一緒かぁ。えへへ。ほら、アオイくんも入って来なよ。ただいま、って言いながら!」


「……ただいま」


「声が小さいぞ、アオイくん。お帰りなさい!」


 クラリッサはアオイを抱きしめてきた。

 ――お帰りなさい。

 そんな言葉をかけてもらったのは、いつ以来だろうか。


 ずっと小さかった頃。たまに退院できていた頃。家に帰ると、そう言ってもらえた……気がする。

 遠い記憶。もう朧気。


「ただいま」


 アオイはもう一度、口にする。

 そして自分が本当に欲しかったのは、家ではなく家族だったと気づいた。

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