第28話 自宅いじり

「この屋敷はせっかく庭に井戸があるのに、崩れてるし、底に砂がたまってるしで、使いものになりません。なので作り直しましょう」


「作り直すって気軽に言うけど……え、なに、アオイくん、大工さんなの?」


 壊れた井戸の前で話を切り出すと、クラリッサはポカンとした顔になる。


「やだなぁ、クラリッサさん。ボクにはアイテムを作り出す能力があるじゃないですか。井戸だって作れますよ」


 アオイが病室で延々とプレイしていたMMORPGには、自宅を飾り付ける機能があった。それで家具を作ったり、畑や井戸を作ったりと色々なことができた。


「いいですか。まずこの井戸を解体して素材を確保……」


 と、言いかけて、アオイは固まる。


 解体できるのは自分のアイテムだけだ。自分のアイテムとはつまり、メニュー画面のアイテム欄にあるものを指す。

 この世界にアイテム欄はないが、鞄に入れることで『アオイの所有物である』という判定になる。


 ゲームでは、家具も、庭のポストも、屋根上の風見鶏も、マウスカーソルを合わせてクリックすれば簡単にアイテム欄に収納できた。

 しかし、この世界では自分の手で外して鞄に入れる必要がある。


 試しに壊れた井戸を見つめて「解体、解体」と念じてみたが、なにも変化がなかった。

 やはり鞄の中でなければ駄目のようだ。だが、いくら無限に収納できても、鞄の入口は無限の大きさではない。

 この井戸を地面から分離できたとしても、鞄にしまうのは不可能だ。


「ええっと……まず、この井戸を木っ端微塵に破壊します。地中まで」


「え。解体ってそういう意味なの? 転生者の凄い能力的なのじゃなくて?」


「能力的な解体をしたいんですけど、その前に鞄に入れられるくらい小さくする必要があるんですよ」


「ふーん。形とかはどうでもよくて、とにかく細かく砕けばいいの? そういうの得意だよ」


「はい。砕けばいいんです。拾い集めるので、砂みたいにされたら困りますけど」


「おっけー、任せて」


 クラリッサは剣を持ち、地上に露出している部分をブロック状に切断していく。

 続いて井戸の中に飛び込んだ。

 ポンポンポンとリズミカルに、石のブロックが飛び出してくる。


「ふう、終わった終わった。こんなもんでいいかな?」


「仕事が早すぎて驚きです。じゃあ、あとは任せてください」


 アオイは井戸の破片を鞄に突っ込む。そして解体を実行。

 石材ゲージ、木材ゲージ、鉄ゲージが、解体した量に合わせて増えていく。


「井戸、作成!」


 増えたばかりのゲージを消費して、井戸を作り出した。

 場所はさっきまで井戸があった場所と同じ。穴を塞ぐように、新しい井戸がポンと出現した。

 小さな屋根と滑車や桶もついた本格的な井戸だ。


「おお……不思議な光景だ。ダンジョンで宝箱が出現する瞬間もこんな感じなのかな?」


「かもしれませんね」


「飲んでいいかな!?」


「あー……まずはボクが毒味します。食べ物や飲み物は普通のアイテムより慎重にいかないと」


 ゲームシステムを用いて作った飲食物を、この世界で摂取して大丈夫なのか、まだ確かめていない。

 万が一があったら大変だ。


 桶にたまった水の匂いを嗅いでみる。無臭だ。指先につけて舐めてみる。大丈夫そうだ。

 鞄からコップを出し、それで飲もうとしたところで、ふと気づく。

 鑑定スキルを使えば、無毒かどうかハッキリするのではないか。



――――――

名前:井戸水

説明:井戸から汲み上げた水。飲用に適している。

――――――



 鑑定スキルがそういうのなら間違いないだろう。


「……うん。冷たくて美味しいです」


「アオイくんばっかりズルい。私にも!」


「そんな急かさなくても水はたっぷりありますよ。ほら」


「わーい、ゴクゴク……ぷはぁっ、もう一杯!」


 クラリッサはコップの水を一気に飲み干す。

 確かに美味しい水だが、それでもしょせんは水だ。それでこんな笑顔になるなんて、日本だったらリアクション芸人になれたかもしれない。

 いや、顔もスタイルもいいので、モデルかタレントの事務所にスカウトされるのが先か。


「……って、よく考えたら、これ……アオイくんと間接……キ……」


「ん?」


「いや! アオイくんが気にしてないなら私も気にしない。こんなの大したことないよね。あはは……」


 と、クラリッサは二杯目も飲み干した。


「それにしても、アオイくんって水魔法使えるよね。井戸なんか必要なかったんじゃない?」


「ボクがいないときにクラリッサさんが水を使う場合もあるでしょう。それにボクのMPは無限じゃありませんからね。さて、井戸の次は畑を作ります」


「家庭菜園! 私、農業ってやったことないよ。なにが必要? クワとかスコップとか買ってくればいい?」


「いえ。ボクのスキルでやるんで、農具はいらないです」


 実はすでに種を買ってある。

 鞄に腕を入れ、リンゴの種を掴む。

 そして「農業を実行」と念じる。農業はゲームの自宅いじりの中で、ビルダーにしか選べないコマンドだ。

 手に握った種の感触が消え、狙ったところに苗がヌッと生えてきた。


「よし。これもゲームと同じだ。三日後には収穫できるはずです」


「え、ええ!? まだこんな小さいのに?」


「こっちには梨を植えましょう。あっちはオレンジです」


 という感じで、庭の一角をフルーツ畑にしてしまう。

 ゲームでは、植物が成長しきって収穫可能になるまで、リアル時間で三日間を必要とした。

 プレイ中は「三日も待つのかぁ」と思っていたが、現実だと凄まじいスピードだ。

 クラリッサは半信半疑な顔で苗を見つめている。

 実のところアオイも半信半疑だ。


 冒険者ギルドで簡単なモンスター討伐の依頼を受けて、時間を潰す。

 そして三日後。


「うひょぉぉ、本当に実ってる! 食べ放題じゃん! アオイくんすげぇぇ!」


 リンゴ。梨。オレンジ。桃。サクランボ。柿。

 季節や季候を無視して、色々なフルーツが食べて欲しそうに木にぶら下がっていた。

 今日はフルーツパーティーだ。

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