第11話 クラリッサとの出会い
その少女は、おそらく十代の後半。
燃えるような赤い髪をポニーテールに結い、腰には剣を下げている。
ファンタジーに出てくる少女剣士といった外見だ。
「ねえ、キミ。ここは町の近くと違って、強いモンスターが出てくるから危ないよ。どうして一人でいるの? 仲間とはぐれちゃったの? それとも見た目に似合わず、実はレベル10を超える冒険者だったりする?」
少女剣士は膝を曲げてアオイと視線の高さを合わせて質問してきた。
「いえ、レベル1です。最初から一人で来ました」
悪意も敵意もまるで感じなかったので、正直に答える。
すると「レベル1でこんなところに!?」と驚かれてしまった。
「初心者が一人でここまで来たら駄目でしょ! そりゃ、レベルがそのまま強さに結びつくわけじゃないけど……レベル1はあんまりよ! もう、よく辿り着けたもんだ……お姉さんが町まで送ってあげるから、一緒に帰りましょ」
やはり、いい人のようだ。
どのみちMPがゼロに近いので、長居するつもりはない。
大人しく一緒に帰ることに異存はない。
少女剣士は腕を伸ばしてきた。手を繋げ、ということらしい。
「どうしたの? 私の手をじっと見つめて?」
「いえ……子供扱いしないで、と言おうかなぁと思ったんですけど。実際にボクのほうが子供ですし。土地に不慣れなのも確かなので。ここは素直に手を繋いだほうがいいかなぁ、と悩んでたんです」
「うん、うん。子供は素直なのが一番」
少女剣士はやや強引にアオイの手を握ってきた。
今更振りほどく理由もないので、そのまま並んで歩く。
「私の名前はクラリッサ。あなたは?」
「ボクはアオイです」
「アオイくんかぁ。どうしてこんな森の奥に一人で来たの?」
「魔法を色々と覚えたので、その試し撃ちのために」
「え、ええ!? 魔法を試すだけなら町の近くのスライムでもいいんじゃない!?」
「そうなんですけど。スライムもなかなか見つからなくて。とにかく真っ直ぐ歩いてたらこの森まで来ちゃいました」
「来ちゃいましたって……レベル1で無謀すぎる。まだ子供なんだし、一人で町の外に出ないほうがいいと思うよ」
「……そりゃクラリッサさんよりは年下でしょうけど。もう十三歳です。小さな子供ってわけじゃありません」
本来なら中学校に通っている年齢だ。
決して大人ではない。しかし、ここまで子供扱いされたくもない。
「え、十三歳なの! ごめん……十歳くらいかと思ってた……」
クラリッサは苦笑いを浮かべながら呟いた。
たまらずアオイは目を細める。
確かに、ろくに運動もできなかったので、華奢だし背も低い。
同い年よりも幼く見えるという自覚はある。
だが、改めて他人から言われると、あまりいい気はしない。
「……そういうクラリッサさんは何歳で、レベルいくつなんですか」
「私は十六歳。そしてレベル20よ! ふふ、驚いた? 剣士のクラリッサと言えば、ラディクスの町の冒険者界隈では結構有名なのよ」
クラリッサは自慢げに微笑む。
レベル10になるまで洞窟に行くなと言われたことから考えるに、そのくらいになれば一人前と認められるのだろう。
だからレベル20というのは、かなりのものだ。
しかし――。
「十六歳って、三歳違いじゃないですか。そんな大人ぶれるほど年上じゃないですよ」
「む? 大人になってからはともかく、十代の三歳違いってかなり違うでしょ。私のほうがお姉さんよ。圧倒的お姉さん!」
言いたいことは分かる。
三十と三十三ではさほど違わないが、十三と十六ではかなりの差を感じる。
だが『圧倒的お姉さん』という表現は、いささかアホっぽい気がする。
「分かりました。ボクが間違っていました。クラリッサさんは圧倒的お姉さんです」
「ふふん。そうでしょ、そうでしょ」
「で、圧倒的お姉さんこそ、こんな森で一人でなにをしてたんですか?」
「え。私はギルドの依頼で、薬草集めよ。この森は草原よりも強い成分の薬草が生えてるから」
「へえ。さすがはレベル20の圧倒的お姉さん。ちゃんと仕事してるんですね」
「ま、まあね……」
「圧倒的お姉さんなら、冒険者ギルドから信頼されて、色んな仕事を回してもらえるんでしょうね。凄いなぁ。ボクみたいな子供とは大違いですね」
「ねえ! その圧倒的お姉さんって呼び方、なんなの!?」
「いや。クラリッサさんが自分で自分を圧倒的お姉さんって言ったんじゃないですか」
「い、言ったけど! そう呼んで欲しいわけじゃなくて! こう……なんていうの? 先輩風を吹かせたかったというか……いつもギルドでは実力の割に子供っぽいと言われてるから、アオイくんを相手に大人として振る舞いたかっただけなの!」
「実力の割に子供っぽい……ああ、なるほど」
「納得した顔にならないでくれる!?」
レベル10で一人前なら、倍のレベル20はかなりの修羅場を潜った実力者のはず。
しかしクラリッサには、その気配がない。
そもそも年下の者を見かけたからと『おっ、先輩風を吹かせちゃお!』と思いつく人は、子供以外の何者でもないだろう。
しかし子供扱いされると腹が立つのは、アオイがついさっき実感したばかりだ。
町まで案内してあげようという善意で近寄ってきた人に、あまり辛辣なことを言いたくない。
「いやぁ……なんというか……クラリッサさんにも、ちゃんと大人っぽいところはありますよ」
「本当!?」
「はい。十六歳と言ってましたけど、黙っていればもっと年上に見えます。黙っていれば美人ですし。黙っていれば、もっとみんなから尊敬されるんじゃないですか?」
「三回も言った! 黙っていればって三回も言った! そんな念を押さなくてもよくない!?」
「ごめんなさい……念を押すつもりはなかったんですけど……無意識に……」
「酷い! あ、でも、無意識ってことは、美人ってのも無意識に言ったのよね? そっかぁ、アオイくんは私を美人だと思ったのかぁ。うふふふ」
クラリッサは笑みを抑えたくても抑えられないという表情になる。
そこまで嬉しいものかな、とアオイは不思議に思う。
と、そのとき。
クラリッサが歩みを止め、木々の向こうをじっと見つめた。
「……どうしたんですか?」
「静かに。身を低くして。前方にモンスターがいる」
言われたとおりにする。
そして彼女の視線を追って、茂みの奥を観察する。
なにも見えない。勘違いではないのか?
アオイはそう思いかけたが、しかし、いた。
森の景色に溶け込む毛並みをしたオオカミだ。
周囲の葉っぱとそっくりな緑色に、枝みたいな模様までついている。
しかもオオカミが動くのに合わせて、色と模様が変化した。
大岩の近くに行くと、岩と同色になった。
この森に合わせた色の体毛に進化したのではない。周囲の景色を即座に投影できる能力を持っているのだ。
こうしてジックリ観察していても、ふいに見失いそうになる。
不意打ちされたら、避けるのは困難だ。
アオイはオオカミの気配さえ感じられなかった。
なのにクラリッサは十数メートル離れたところから気づいて身を隠した。
やはり、ただ陽気なだけの少女ではない。
経験を積んできた冒険者なのだ。
アオイはクラリッサに頼もしさを感じる。
だが、そんな彼女が冷汗を浮かべていた。明らかに緊張している。
「そんなに強いモンスターなんですか?」
と、小声で聞く。
「あいつカメレオウルフっていうんだけど……強いって言うより、厄介。ご覧の通り見えにくいし……おまけに群れで行動するの。だから、すでに囲まれてる可能性がある。滅多に出てこないモンスターなんだけど……油断した……。アオイくん、魔法師だよね。いつでも攻撃魔法を撃てるよう、心の準備をしといて。大丈夫。私がキミを守る。キミに心の準備をしてもらうのは……あくまで万が一のためだから」
クラリッサはアオイを安心させるように微笑む。
だが、それが作り笑いで、彼女が激しい危機感を覚えていることくらい、冒険者になりたての者でも分かる。
ガサッと草の上を歩く音がした。パキッと枝を踏む音もした。
右にも左にも、後ろにもなにかがいる。
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