第3話 無限収納鞄を作った

 アオイは町を歩きながら、今の自分にできることを検証した。

 まずは鑑定スキルだが、すれ違う人々をいくら見つめ念じても、装備品の鑑定はできなかった。

 石ころを拾って念じると、ちゃんと『石』と頭に文字が浮かんできた。

 どうやら触れないと駄目らしい。

 手放すと文字が消えるので、じっくり鑑定したいなら、長く触れる必要がある。


 病室からずっと着ているパジャマは、鑑定しても『パジャマ』と表示されるだけで、防御力も加護枠も出てこない。

 この世界の物ではないからなのか。色々と検証が必要だ。


 受付嬢に教えてもらった雑貨屋に行く。

 色々な日用品を安く買えると評判らしい。


 アオイは靴下を手に取る。

 鑑定を実行。『靴下』とだけ表示された。

 パジャマと同じく、防御力や加護枠は出てこない。


 ゲームに靴下という装備枠はなかった。その関係だろうか。

 あるいは別の、もっと強い靴下なら防御力が強化されたり、加護枠があったりするのだろうか。

 アオイはとりあえず、店の靴下を片っ端から鑑定してみたが、どれも同じ結果だった。

 それでも素足に靴は気持ち悪いので、買うことにする。


 次は鞄だ。

 普通に生活するだけでも鞄は必要だろうし、町の外に出て素材集めなどをするなら尚更だ。

 店の鞄を鑑定していると、加護枠がある品を発見した。



――――――

名前:ショルダーバッグ(焦茶色)

加護枠:残り1

――――――



 似たような鞄の中で、加護枠があるのはこれだけだ。

 ゲームでも、同じ装備なのに、加護枠の数や性能がランダムで多少違った。

 少しでも性能のいい装備がドロップするまでモンスターを狩り続ける厳選作業を思い出す。

 アオイは暇人だったからいくらでも厳選する時間を作れたが、社会人なのにもっと熱心に厳選しているプレイヤーがいた。いつ寝ていたんだろう、と今更ながら疑問が浮かぶ。


「あんた。さっきからウロウロしてるけど、ちゃんと買うつもりあるんだろうね?」


 店のオバチャンがアオイを睨んできた。

 確かに、靴下と鞄を一つ一つ厳選する姿は、かなり怪しい。

 本当は店の品物を全て鑑定したいくらいだが、出禁にされたら困るので、今日はここまでとする。


 そもそも冒険者ギルドからもらったお金には限りがある。無駄遣いはできない。

 とはいえ、この世界の通貨価値にまだ慣れていないし、そもそもアオイはゲームでしか買い物をしたことがなかった。

 少しずつ、買い物という行為に慣れていきたい。


「この靴下と鞄をください」


 アオイが購入の意思を見せると、オバチャンは急に愛想がよくなった。

 何度も通えば、いくら居座っても許されるかもしれない。


 次は今夜の宿を確保する。

 これも受付嬢に教えてもらったところだ。

 初心者冒険者がよく使う宿であるらしい。

 一階に食堂があって、簡単な料理を出してくれる。

 一泊分の料金を前払いすると、二階の部屋に案内された。

 狭くて古い部屋だったが、それだけ安い。文句は言えない。

 一人きりになったので、安心して作業に取りかかる。



――――――

名前:ショルダーバッグ(焦茶色)

加護枠:無限収納

――――――



 上手くいった。

 試しに木の杖をバッグに入れてみる。

 普通なら入るはずのない長さなのに、スルスルと収まってしまった。

 腕を突っ込んで「木の杖、出てこい」と念じて引っ張ると、元通りの木の杖が現われた。


「ゲームだとどういう風に収納してたか分からなかったけど……猫型ロボットのポケットみたいだなぁ」


 無限収納という加護は凄まじすぎると改めて思う。

 なにせ無限だ。


 ゲームでは「集めた素材でアイテム欄が一杯になって町に引き返すとか不便すぎる。無限収納を手に入れてから本番。町の倉庫は、あまり使わないアイテムを預けて、アイテム欄をスッキリさせて見栄えをよくするためにある」と、当然のように思っていた。


 だが、もし無限収納できる鞄を地球に持っていったら、世の中がひっくり返るだろう。

 この世界ではどうだろうか。

 無限収納は一般的なのだろうか。珍しいのだろうか。唯一無二だろうか。

 その辺を知るまでは、人前で鞄に巨大なものを出し入れするのはやめておこう。


「さて。明日は町の外に行ってみよう」


 一階の食堂で晩ご飯を食べ、ベッドに潜り込む。

 薄い布団だ。硬い。寝心地が悪い。


「……お金を稼いで、もっといい宿に移ろう。できれば自分の家が欲しいな。お風呂付きの」


 家。

 ずっと病院暮らしのアオイにとって、憧れの場所だ。

 実家に自室があるはずだが、どうしても思い出せない。

 目を閉じて浮かんでくるのは、白い病室だけだった。

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