第2話 そこは異世界

 そして再び目を開けると、見知らぬ天井が広がっていた。

 病室ではない。

 ずっと帰っていない自宅でもない。


「あ。目を覚ましたみたいですね、転生者さん。ようこそ、冒険者ギルドへ」


 そう声をかけてきたのは二十歳くらいの若い女性だった。

 葵は大の字になって床に寝ていて、彼女はその隣にしゃがんで顔を覗き込む形だ。


「冒険者ギルド……?」


 上半身を起こして周りを見る。

 木造の広い部屋。役所を思わせるカウンター。沢山の紙が張られた掲示板。剣士や魔法師を思わせる服装の人々がいて、葵を気にした様子の者もいれば、気にせず外に出ていく者もいる。

 確かに、ゲームで何度も訪れた冒険者ギルドに印象がよく似ていた。


 では、これはゲームの画面なのだろうか。

 葵が寝ている間に誰かがVRゴーグルを装着させたのだろうか。

 いや、違う。

 あまりにも質感がリアル過ぎる。これは現実だと五感が訴えている。

 あのゲームはVR対応ではない。

 そもそも葵は――死んだではないか。


「混乱しているみたいですね。無理もありません。ええっと、私も転生者の対応をするのは初めてなので上手くできるか自信ありませんけど、状況の説明をしますね」


 いわく。

 彼女は冒険者ギルドの受付嬢。

 この世界は度々、異世界から転生者がやってくる。

 転移と呼ぶべき、という意見もあるが、全員がもとの世界で死んだ記憶を持っていた。一度死んだなら転生だろうということで、その表現が主流になっている。


 転生者が出現する場所は、かつてランダムだった。

 モンスターの群れの中だったり、火口の真上だったりと、この世界に転生した途端に死ぬ不運な者もいた。

 それはあまりにも可哀想なので、転生者を呼び寄せる術式が開発され、冒険者ギルドや教会といった公共の施設に設置された。

 葵はその術式に引き寄せられて、この冒険者ギルドに出現したらしい。


「つまりボクは死んだんですね。ここは日本どころか地球でさえないんですね」


「ええ……どうか気を落とさないでください。転生者の中には、あなたと同じニホンという場所から来た人もいると聞いたことがあります」


 受付嬢は励まそうとしている。

 ところが葵は、自分でも驚くほど、死を受け入れていた。

 普段からそれを意識していたからか、たんに実感が追いついていないからなのか。

 あるいは異世界転生というラノベやアニメのような状況に、ワクワクしているからなのかもしれない。


「とりあえず、あなたのパラメーターを確認しましょう。転生者はとても強いはずです。あなたのような子供でも、ちゃんと生きていけますよ」


 受付嬢に腕を引かれ、葵は立ち上がる。

 目線の高さは死ぬ前と同じ。

 窓ガラスに映った顔も同じ。

 病室で着ていたパジャマもそのまま。


 けれど、体が軽かった。

 壁に寄りかからないと歩けないほど貧弱だったのに、当たり前に起き上がって、受付嬢の後ろをついて行けた。


 普通の人と同じように歩ける。ただそれだけで、葵は生まれ変わった気持ちになれる。

 前の体とは明らかに違う。

 なるほど。これは転生だ。


「それでは、この水晶玉に手を添えて、意識を集中してください。それでパラメーターが空中に浮かび上がります」


 言われたとおりにすると、水晶玉から光が溢れ、空中に文字を描く。



――――――

名前 :アオイ

職業 :魔法師

レベル:1


HP :10

MP :13

攻撃力:9

魔力 :15

防御力:7

敏捷性:8

――――――



 まるでゲームのようなパラメーターだ。

 魔法師で、レベル1。

 死ぬ直前に選択したコマンドをしっかり反映している。

 転生システムが反映されているのだろうか。

 だとすればビルダーのスキルを引き継いでいるかもしれない。

 しかしコントローラーもキーボードもタッチパネルもないのに、どうやってスキルを発動すればいいのか。


「え……これは……転生者にしては……レベル1って……さすがに……」


 受付嬢は低い数値を見て、唖然としている。

 それから周りにいた冒険者から笑い声が上がった。


「おいおい! 転生者だからどんなスゲェ数値が出るかと期待してたのによぉ! 見た目通りのただのガキじゃねーか!」


 侮蔑。哀れみ。失望。

 反応は様々だが、どれも否定的なものである。


「転生者でも、こんなに弱いことってあるんですね……あ、ごめんなさい、弱いとか言って。あなたはこれからこのパラメーターで生きていかなきゃいけないのに……あの、レベル1でも町の近くで薬草集めくらいならできますから、頑張ってください」


 冒険者ギルドは、転生者に最低限の装備と、わずかながらの金銭、それから町周辺の簡単な地図を渡すことにしているらしい。

 放置して死なれるよりは、この世界に適応してくれたほうが、全体の利益になるという考え方のようだ。


 受付嬢は『木の杖』『布のローブ』『革の靴』の三つを奥から持ってきた。

 見るからに大した品ではないが、ないよりはずっとマシだ。

 病院のベッドから飛ばされてきた葵は裸足だったので、靴をもらえるのは実にありがたい。


(スキルを引き継いでいるなら『鑑定』を使えるはず。メニュー画面とかは出てこない……とりあえず念じてみよう)


 葵は受付嬢から受け取った三つを凝視しながら「鑑定!」と強く念じてみた。

 すると、頭の中に文字が浮かんできた。



――――――

名前 :木の杖

攻撃力:+1

魔力 :+3

加護枠:残り1



名前 :布のローブ

防御力:+5

加護枠:残り1



名前 :革の靴

防御力:+1

加護枠:残り1

――――――



 鑑定が成功した。ビルダーとして覚えたスキルを異世界に持ち越せたらしい。

 そして装備のパラメーターの中にある『加護枠』の文字を見て、葵は安堵した。

 加護を加えると装備品の性能を強化できる。枠の数だけ加護を追加できる。

 加護枠が表示されているからには、あのゲームのシステムがこの世界に適用されていると考えていいだろう。


 この半年で実装された課金装備は、最初から強力な加護で枠が埋まっていて、ビルダーの出番がなかった。

 運営は枠に空きがある課金装備を実装する予定だと発表していた。

 だがゲームではなく異世界で加護枠を埋めることになるなんて、人生なにがおきるか分からない。



――――――

名前 :木の杖

攻撃力:+1

魔力 :+3

加護枠:魔力+200



名前 :布のローブ

防御 :+5

加護枠:HP+200



名前 :革の靴

防御 :+1

加護枠:防御力+200

――――――



 鑑定に続いて、加護も念じるだけで上手くいった。

 葵は靴を履き、パジャマの上からローブを被り、杖を持つ。

 その状態でもう一度、水晶玉に触れてみた。



――――――

名前 :アオイ

職業 :魔法師

レベル:1


HP :10(+200)

MP :13

攻撃力:9(+1)

魔力 :15(+203)

防御力:7(+206)

敏捷性:8

――――――



 装備の補正がしっかり反映されている。

 ゲームと全く同じようにはいかないだろうが、これならそう簡単に死なないだろう。


「おいおい、小僧。もう一度測ってもパラメーターは変わったりしねーぞ。今の自分が雑魚だというのを受け入れて、地道に頑張るんだな」


 と、冒険者の一人が声をかけてきた。


「この水晶が映し出すパラメーターはあくまで目安。同じ数値でも、そのときの体調とかで実際の力が上下します。けど……確かにレベル1で無茶をしてはいけません」


 受付嬢も葵をいさめるようなことを言う。


「あの。もしかして、装備の補正値ってボクにしか見えてないんですか?」


「装備の補正値? この水晶は触れた人の強さを見るだけで、装備の能力までは測れませんけど?」


 受付嬢は首を傾げる。

 転生者にしか見えないのか。それとも葵にしか見えないのか。

 なんにせよ、加護によって大幅に強化されたと分かってもらえないらしい。


 むしろ、そのほうがいいかもしれない。

 ゲームには他人の装備を奪い取るコマンドなどなかったが、ここは現実だ。

 葵の装備が強いと知られると、寝ている間に盗まれる可能性がある。


「分かりました。忠告に従って、コツコツやっていきます。それでボクはまず、なにをすべきでしょう?」


 葵は受付嬢から、この町のことや、周りで採取できる素材や、生息するモンスターの説明を受ける。

 町の外には危険が広がっていると受付嬢は念を押してくる。

 だが聞けば聞くほど自由が広がっていると感じてしまう。

 葵は冒険者アオイとしての生活を想像する。

 自分の本当の人生は今から始まるのだと確信した。

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