魔女の屋敷に住むブラウニーの話 4
魔女の館には様々な妖精がやってきた。それ以外に来るモノといえば、彼女の友人を自称する黒衣の男くらいで、彼女はいつも独りに見えた。
「魔女様は、ずっとこちらにおられるのですか?」
ある昼下がり、そう少女は尋ねたことがある。
黒衣の男が言っていた。この魔女はこの世にふたりといない、素晴らしい魔術師なのだと。定命を覆す魔女は、妖精だけでなく、人間も彼女の力を必要としている、と。
少女の問いかけに、魔女は美しい形の眉をひそめた。あの男は余計なことしか言わない、とうんざりした調子でこぼした。
「あちらは煩くてね。顔を出したくもないのさ」
少女には、人間たちの住む国の知識がない。けれど、少女は知っている。魔女が育てている薬草は、魔女自身が使うのではなく、魔術の心得がない人間が扱うためのものが多く含まれていることを。だから、いつかあちらへ戻るつもりなのではないか。そう思ったのだ。
少女の疑念が晴れていないことを、魔女もよく理解している。
「人間は再三、命の天秤を操り定命を覆してくれ、と頼んでくる。――定命を覆すなんていうのは、どうやったっていびつなものだ。私のものは、特にね。彼らの望みは叶えられない。そんなものをずっと聞いているほど、私はお人好しじゃあない」
魔女はティーカップを手に取った。カップの中で揺れる茶を見つめる瞳は、どこか寂しげに見えた。少女は尋ねたことを後悔したが、魔女はそれに気がつくことなく二の句をつぐ。
「私は魔術が好きだが、あちらにいればきっとこれが嫌いになる。だから、私はどこへもいかないよ。人間の頼みは、アレが聞けば良いのさ」
魔女がアレと呼ぶ、黒衣の男。彼もまた、妖精郷の魔女と似たような魔術を使えるという。もっとも、魔女いわく「アレは性格が悪いから好かないね」とのことだが。
魔女は、食後にと少女が淹れたハーブティの香りを楽しんだ後、ひとくち喉を潤す。思うところがあったのか、「おや?」というふうにカップを見た。少女は傍でびくりと背筋を伸ばす。
「褒めてやろうと思っただけだよ。うまく淹れるようになったね」
魔女はそう少女の髪をなでた。温かく滑らかな手だった。
魔女は、館へ迷い込んできた妖精たちを拒むことなく受け入れた。定住したければそれでよし、立ち去りたいならそれもよし。ただ自分の生き方だけを変えずに、ずっとここで生きていた。
それは、彼女の命が尽きるその日まで。
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