魔女の屋敷に住むブラウニーの話 2

「妖精郷の魔女のことを調べている学者様だ。いろいろ話を聞きたいんだってさ」

 少女は学者をまじまじと見上げた。死神に向けられていた視線よりはいくらか和らいだものの、未だ心を許すつもりはないらしい。その眼力に少し気圧されながら、学者は所在なげに立つ。

「そんなに疑わなくてもいいんじゃない?」

「あなたが連れてきた人間だから、です。よりによって、人間を連れてくるなんて」

「今回は事情が事情でね。外は彼女が死んだことで大騒ぎだ。妖精郷の外にも、まだ魔術師はそれなりにいる。そのうちここを探し当てられるかもしれない。彼らは魔女の死を信じていないんだってさ」

 荒らされるのは嫌だろう? と死神は少女に促す。少女が学者の方へ視線を戻したのを見て、学者は彼女の前に膝を折った。

「……妖精郷の魔女が身罷られたこのときに、この郷を騒がせるようなことをしてしまい、申し訳ありません。私は、決して事を荒立てたいわけではありません。ただ、彼女を流言飛語に晒したくない。近づくことはできずとも、彼女を知りたいと思うだけなのです」

 学者は視線を外すことなく、少女を見上げた。少女はしばしの後、小さく嘆息した。

「……最後のお客様ということなら、おもてなしをしなくては」

 失礼いたしました、と少女は丁寧に頭を下げた。

「あの方が残されたものはあまり多くはありませんが、いくらかならばお持ちになってくださいませ」

 どうぞこちらへ、と少女は花束を抱え直して、館へと先導する。

「……聞いていた話とずいぶん違うのですが」

「?」

「妖精郷の魔女とあなたは、良い友人、だったのでは?」

「そうだけど」

「主人の良き友人に対して、あの視線はないですよ」

 おかしいなぁ、と死神は首を傾げているが、それもどこか演技めいていて本気なのかわからない。学者は少し嘆息して、前をゆく少女の後を追った。


 案内されたのは広い客間だ。火の入らない暖炉がひとつと、ローテーブルにソファが設えられている。死神の話に出た客間なのだろう。

 本来なら主の座るべき椅子は空けたまま、各々が席につく。

「私は、魔女様の館のお世話をさせていただいておりました。魔術師でもない人間と話をするのは初めてですので、なにか失礼がありましたら申し訳ありません」

「人間と話すのは、初めて……」

「はい。私は物心着いた頃より、妖精郷より外へ出ていませんから。私は、あなた方の言葉でいう「ブラウニー」という種です」

 少女の答えに、学者はちらと死神に視線を向ければ、彼もこちらの様子を窺っていたようで、かすかに視線が交差した。

 代償の意味が分かっただろう、とその視線は語っていた。ブラウニーという妖精の定命を使い、人間である彼女が死を遠ざけたその代償を。

 少女は、己がもともと人間であったことを忘れ、魔力を持つ者でないと視認できない「妖精もどき」とも呼べる姿に変わっていた。


「何をお聞きになりたいのですか?」

 その問いかけで学者の意識が今に戻ってくる。失礼しました、と一言謝罪を置いた上で、学者は尋ねる。

「――妖精郷の魔女は、どのような魔術師に見えましたか?」

 少女の表情が緩んだ。故人を悼む、柔らかな笑みだった。

「あの方は、ただゆっくりと生きていたかったのだと思います」

 少女はゆっくりと、静かに語りだした。

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