極東に住む死神の話 7

 この日から少女は、少年へ様々な物事を尋ねた。使用人の生活や、部屋の外の話を興味深く、目を輝かせて少年に請うた。

 少年もさして物を知っている方ではないため、少女の問いに困ることが多かった。

 けれどそれを少女に悟られるわけにはいかなかったし、なにより彼女の喜ぶ顔が見たかった。

 彼女の期待に沿うために、少年は使用人たちをよくよく影から観察し、さも自身が知っているかのように答えてみせた。


✻✻✻✻✻


「あぁ、ずいぶんといい天気ですね。珍しい」

 少年はそう窓を開いた。明るい光が室内に差し込む。

 その日はここ数日の長雨が瓦斯ガス霧を払い、青空が見える天気の良い日だった。

 いつもこの国の空は霧に覆われ、青空が見えることはめったにない。鈍色の空が広がる国ではあったが、それでも人々は自分たちの作り上げた蒸気技術の文明を謳歌し、活気に満ちていた。


 ここ数日、少女はベッドの上ですら身体を起こすことが難しい日々が続いていた。普段から少ない食事の量はますます減っていて、少女が部屋にひとりでいることはずいぶんと少なくなった。いつも誰かしらが彼女の容態を心配し、何かあったときのために、と控えるようになったからだ。

 けれど、少女は少年との「約束」を守った。ときに人払いをしてでも、少女以外誰もいない時間を作り、少年を呼び寄せたのだった。

 もし自分と話しているうちに体調を悪くしてしまったら、と少年は気が気ではなかったが、それでも少女に「呼んでくれるな」と頼めるような立場でもない。

 彼女の求めに応じて、少年は姿を見せていた。


 機関車の汽笛が鳴り響く昼下がり、こもりがちな部屋の空気を入れ替えるために開いた窓へ、少女は視線を向けた。

「外にご興味が、おありですか?」

 少女は緩慢に、けれどしっかりと頭を振った。

「私が、おまえに外の話をねだったことがあった?」

 少年はそう問われて思い返す。彼女のねだる話がいつもこの館の中だけで完結していたことを。

「叶いもしないことを、空想したりしないのよ。私は」

 諦めた笑みだった。

 少女は自身の体がいかなる状況であるのかを理解していた。己の命がそう長くもないことも。

 少年はさまよわせた視線を俯けた。申し訳ありません、と謝るその声は震えていた。

 彼女に、あのような顔をさせたくて問いかけたわけではなかった。

 けれど、どう彼女に言葉をかければ良いのか、少年は言葉を持ち合わせていなかった。

 少年が気落ちしていることに、少女も気がつく。顔をあげるよう、少女は少年へ命ずる。

「気にするものじゃあ無いわ。命の長さは、神様がお決めになるものなのだから」

 少年へ向けられた眼差しには、豊かな慈愛が宿っていた。

 この世に生まれ落ちたすべてのモノは、定命を持って生まれてくる。それは決して覆らない。

「私がいなくなっても、おまえはまだこの家で働くのかしら」

 少女の言葉は問いかけの形にこそなっていたが、答えを期待して告げたものではなかった。少年の沈黙を意に介さず、少女は続ける。

「もし、外へ出るのなら。いろんなものを見てほしいし、いろんなものに触れてほしい」

 私の願いを聞いてくれるかしら。その微笑みに、胸が締め付けられる気がした。

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