極東に住む死神の話 6

 初めて言葉をかわした日から、少年は以前よりも注意深く少女の様子を見ながら仕事をするようになった。先日のように、仕事の合間に彼女が目を覚ましたりしないようにするためだ。

 先日会話をしたそのあと、少女は体調を崩し寝込むことになった。助けとなるべくいるはずの自分が主の重荷になってどうするのだ、と戒めの意もあった。


 そんなある日、いつもどおりに彼女が眠っていることを確認して部屋へそろりと入り込めば、何かに足を取られて少年は躓いた。チリンチリンと鈴の音が軽やかに鳴る。少年は転ぶまではいかなかったが、つんのめり数歩転がり込むように部屋へと入った。

 体勢を整えて、危なかったと息をついたその時だ。

「ようやく来たわね」

 背後からかけられた甘く柔らかな声に、少年はビクリと身体をこわばらせた。そのまま振り向けば、そこにはベッドの上で体を起こした少女がどこか自慢げに笑っていた。

「あれから全然姿を見せてくれないから、ちょっと考えたの」

 扉の下方に、見えにくい色の細い糸が張られていた。少年が躓いたのはその糸だったらしい。そして、糸の端には小さな鈴が結ばれていた。

「よかったわ。お前がちゃんと足のあるもので」

 少女はあれから、この部屋へやってくる者たちに少年のことを聞いてみたのだという。

 友達になりたい子どもがいる、そしてその者にまっとうな服を与えてやってほしい、と。

 けれど、返ってくる言葉は皆同じ、「そんな者は知らない」という一言だった。

 そのうち熱にうかされて見た幻だ、などと言われてしまう始末で、少女は大いにショックを受けた。

 実際、少女も一度しか顔を合わせていない。けれど、彼女は少年が自分の空想の存在ではないと信じたかった。だから、もう一度顔を合わせるためにこうして罠を仕掛けたのだという。

「またね、と約束したではないの」

 少女の詰問に、少年は目を伏せるより他になかった。答えられない理由を、告げることもまたできなかった。

「私のことが嫌い?」

 部屋に満ちた静寂を打ち破った少女の声は、悲嘆と不安に彩られていた。弾かれたように少年は顔を上げた。

「っ……いいえ。――いいえ。決して、そんなことはありません」

 絞り出した言葉は、決して偽らざる真意だった。

 不安に揺れる少女の瞳に、祈るように組まれた両手に、少年は封じ込めた思いをもう一度その胸に抱く。

 もし、自分がずっと傍にいられる存在であったなら。どれだけそう願ったかしれない。

「お嬢様さえ良ければ、また、お話をしましょう。呼んでくだされば、僕はいつでも参ります」

 ただしひとつだけ、守ってほしいことがあると少年は続けた。

「僕を呼ぶときは、お嬢様おひとりの時だけにしてください。――秘密の友達、ですね」

「えぇ。分かった。秘密の友達、ね」

 華やいだ少女の笑みに、少年もつられて小さく笑んだ。

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