極東に住む死神の話 4
✻✻✻✻✻
ひとつの部屋を人がひっきりなしに出入りしている。
部屋の主は幼い少女だった。生まれたときから体が弱く、部屋の外へ出ることはひと月に一度もあればいい程度、生まれてこの方、人生の大半をベッドの上で過ごすことを定められていた。
そうすれば必然的に、少女の行く先も分かろうというものだ。
彼女の寿命はそう長くない。それでもできうる限りの手を尽くして、少女の望むものを買い与え、医学だけでなく魔術にも手を広げ、少女が歩む生の道のりを伸ばしてきた。
その部屋の様子を、人の目につかぬ物陰から様子を窺う者があった。端切れを継ぎ合わせた、傍から見ればボロをまとったような少年にとって、その部屋はどこよりも遠い場所だった。
裕福な家庭はそれぞれ使用人を雇い、身の回りの支度や家事などはすべてその者たちに任せることが通例であった。屋敷に何人使用人を雇い入れているか、そんなことが家の格を示すひとつの指標になっていた。
そのため、少年のようなモノが紛れ込んでいても、さして見咎められることも少なかった。
彼は生来、人目につかぬことと隠れて家事をすることだけは昔から長けていた、というよりも、それしか取り柄がないような存在であった。
館の主一家の中で少年のことに気がついているのは、病に伏した少女ただひとりだった。
部屋の主である少女は、いつも昼食のあとに少し仮眠を取る。その合間に、食べられず残された食事を片付けたり彼女の部屋を整えたりするのが少年の日課になっていた。
少年にとりわけ仕事の持ち場は定められていない。住み込みで働くもののいささか幼く、できる場所も仕事も限られていた。
その日も、少女が寝入った吐息を確認してからひっそりと部屋へと入り込んだ。
眠る少女の横顔を、少年はちらと見る。肌は白く、けれど頬は少し紅潮している。熱が高いのかもしれない。この館に住み込むようになってからしばらく経った今は、彼女の状況がいかなるものか、おぼろげながらわかるようになっていた。
冷たいものが近くにあったほうがいいのかもしれない。食事を片付けるついでに氷水を仕入れて来ようか、と食器に手をかけたときだった。
「……おまえ、名は何と?」
後ろからの声に、文字通り飛び上がった。手にした食器が床へ落ちたが、高級な絨毯の上でどうにか音は立てずに済んだ。ホッとする。
少年が振り返れば、寝台から身体を起こした少女がそこにいた。澄んだ翠の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。
しっかりと目が合ってしまった少年は、身じろぎひとつできず固まっていた。そんな様子に、少女は不思議そうに首を傾げた。
「言葉はわかるのでしょう? 名を教えてちょうだい。おまえ、いつも部屋をきれいにしてくれているでしょう」
自分の仕事を彼女が見ていたらしいことに、少年はちっとも気づいていなかった。気恥ずかしさもあったが、それよりも背をヒヤリとしたものが走る。
館の主にその存在を感じさせてはならない、とは長く言い聞かせられてきた少年の「掟」だった。もし主に見つかってしまえば、この館にはいられなくなるかもしれない。見つかったらどうなるか、少年は正しく聞いたことがなかった。
その場に立ち尽くし、少年は恐る恐る彼女を再度見た。ただ、少年の予想とは違い、少女はやさしげな目でこちらを見ていた。
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