極東に住む死神の話 3

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 暖炉にくべられた薪が時折爆ぜて、小さな音を立てている。少年はおっかなびっくりといった様子で、柔らかなソファへと腰掛けた。正面には黒いドレスの魔女が座る。

 嵐の中でずぶ濡れになった服や髪は、館が汚れることを嫌った魔女が魔術できれいに乾かした。それでも冷え切った身体を温めるため、柔らかなタオルが少年に貸し出された。少年は端切れを縫い合わせたような服の上から、タオルを羽織る。

 死神は少年の斜め後ろあたりに立ち、さり気なく部屋の中を見回した。他の「意志持つもの」の気配は感じられない。事実、館の出迎えも彼女自身が行った。もし使用人バトラーや弟子がいるのなら、それに応対を任せているはずだ。

 外の嵐の音は聞こえず静寂が館を満たしている。そこへ、彼女がひとつ指を鳴らす。

 ローテーブルの上へ現れたのは陶器の茶器だった。

 用意された茶器は三つだった。どうやら「招かれざる客」ではあるものの、館の中へ迎えた以上、歓待の用意はある、ということらしい。茶器の前へと座る。

 茶器とともに机の上に現れたのは、平たい皿に載せられた平べったく丸い菓子だった。煎餅ほど大きくなく、軽くつまめるサイズだ。

 少年は手を伸ばさない。死神はといえば、気軽に手を伸ばしても良かったがどんな魔術がかかっているかもわからない。ひとまず眺めるに徹していた。

 魔女はそんな様子を見て、軽くため息をついた。

「気の重い茶会は好まぬ。ここへやってきたなら、ゆるりと過ごすがいい」

 赤い爪紅マニキュアの塗られた指で、魔女はその茶菓子を手にし口に運んだ。さくり、と菓子を食む音が小気味よく響いた。

「……とはいえ、このままでは落ち着きもしなかろう。聞かせてもらおうか」

 黒いドレスを身にまとった魔女は、正面から少年を見つめていた。その青い双眸が彼を射抜く。

「私はたしかに、命を操る魔女である。定命を覆して命を長らえることもできれば、その生命を縮めることもできる」

「――それならば、お嬢様をどうかお救いください……!」

 出会った当初の言葉を繰り返す少年に、呆れた風なため息が続いた。

「私にできるというだけで、誰彼構わずこの力をふるうと思うか? それは、あまりにも浅はかな願いであろう」

 少年は口を閉ざす。魔女は優雅な手つきで茶へ口をつけた。

 死神はふたりの様子を眺めるに徹する。死神の目的は、「命を操る」魔術をこの目で見ることだ。それまでの道程など興味がない。それに、おそらくこの魔女は自分のことを厭っているから、なにか言えば機嫌を損ないそのまま放り出される可能性すらある。口は災いの元だ。黙っている方がいい。

「だから、話してみよ。その「お嬢様」とやらのことを。お前とどういう関係で、なにゆえ私の『魔術』が必要なのか」

 少年が背筋を伸ばした。まとう空気が張り詰める。それに伴い、魔女は艷やかに笑んだ。

「お前の覚悟を私に見せてみよ。さすれば、『命の天秤』を傾けてやろう」

 少しの静寂の後、少年がゆっくりと語り始めたのは、幼い少女の「物語」だった。

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