極東に住む死神の話 2

 その人影は幼い少年の姿をしていた。そしてよく転んだ。四度目の転倒時、見るに見かねて死神は手を貸した。筋力もさほどない死神が片手で引き上げられるほど、その少年は細く軽かった。

 突然腕を取られ、少年は驚いてこちらを見た。ただ、驚いたのは死神も同じだった。

 周囲の景色が一瞬のうちに切り替わり、目の前に大きな館が現れたからだ。

 この少年には、元々この館が見えていたのだろう。

「あの……あなたも、魔女様に願いに来たのですか」

 震えるような声だった。死神の腕を振り払うこともない。ここへ来るまでにずいぶんと消耗しているようだった。

「僕は少し違う用事だ。――とりあえず、これ以上雨に打たれるのはまずいね。どうにかしてここまでやってきたんだろう?」

 倒れている暇も、自分の相手をする暇もないんじゃないか? 死神はそう促す。

 このあたりまでくれば、死神にも理解ができていた。ただ自分だけでどれだけ探したところで魔女の館にはたどり着けない。

 彼の目的を阻むつもりもない。便乗して、かの「命を操る魔女」の顔を拝ませてもらおうと考えた。

 死神が、自分の目的の邪魔をしないと思ったのだろう。死神にそれ以上何か尋ねることなく、少年は館の方へと顔を向けた。

 死神の手を借り、扉の前へやってきた。呼び鈴はない。大きな扉を叩くが、小さな少年の手では上手く鳴らない。死神も少し手伝えば、ようやくその扉が開いた。


 現れたのは、ひとりの女であった。金の髪を結い上げ、立派に仕立てられた黒衣を纏ったその女は、ひと目見れば忘れることができないほど、整った顔立ちをしていた。

 彼女の視線は冷淡そのもので、明らかに自分たちが「招かれざる客」であると告げていた。

 否、「招かれざる客」は自分だけだろう、と死神は思い直した。彼女の苛立ちは自分にだけ向けられている。少年へ向ける眼差しは、自分を見るものよりいささか柔らかく見えた。

 少年は館の主の前へ転がり出る。そのまま膝をつき、彼女を見上げた。

「お願いです。お嬢様を、お嬢様をお救いください」

 赤い紅をさした口元が、ゆっくりと開く。

「……ひとまず、その扉を閉めよ。館を荒らされてはかなわん」

 吹き荒れる雨が入り込んでいた。少年は魔女の前から動くことなく、彼女の姿を見上げている。扉が未だ閉められないのは、後方に立つ死神のせいである。

 本来ならば、この黒衣の死神を館へ入れるつもりはなかったのだろう。死神は少年を利用して扉を開かせた後、閉じられぬように少々魔術で「悪さ」をしていた。険しい眼差しが死神に向けられている。

 けれど、死神は構うことなくやんわりと無視して、館の中へと足を踏み入れた。

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