極東に住む死神の話

 轟音で響き渡る雷を伴い、雨は絶え間なく降り注いでいた。時折の雷光が辺りの色彩を反転させる。ずいぶんと散々な訪問になったなと、黒衣の青年はひとりごちる。

 もし晴れていたのなら、美しい緑の土地だったのだろう。黒衣の着流しをまとった青年――死神は辺りを見回しながらそう思う。木々の生い茂る緑の土地には精霊が棲むとは、青年の住む国でも言われていた。この森も例に漏れず、そうした「モノ」が棲んでいることは分かった。

(しかし……嫌われてるのか、元々こんな嵐の時期なのか)

 この天気で、探している相手ははたして見つかるかどうか。死神はどうにか雨宿りができる大きな木の下で、ひとつため息をついた。


―― 命を操る魔女がいる ――


 その話を聞いたのは少し前のことだ。操る命は人にかぎらず、万物すべてのモノを対象にできるらしい。

 その噂が本当なのか、確かめたいと思った。それは自らの国を出て、遥か遠くの異国まで乗りこむことを厭わぬ好奇心ゆえだった。

 とはいえ、魔術師は基本的に己の居場所も能力も隠すものだ。この世界には人ならざるモノを視る者も魔術を扱う者もずいぶんと少なくなった。


 この世界は力持つものに不寛容な世界に傾き始めている。魔術の才がなくても、魔術と同じことができるようになってきている。このまま世界が進めば、きっと魔術師は必要ないものになる。

 人間が異なるモノをありがたがるのは、それが役に立つうちだけだ。近いうちに、自分たちが排斥される世になる可能性に、魔術師の誰もが気づいていた。

 そうなったときのために、自らが許したものしかたどり着けぬよう、居住地の周りに結界を張っている魔術師は多い。元々魔術の本質は秘匿にあることも理由としては大きい。

 結果として、青年がただの好奇心というだけで簡単にたどり着けるような道行きでは、決してないことは分かっていた。もしかすると、この嵐も「命を操る魔女」が引き起こしている可能性すらあった。

 出直すべきか、と考え始めた時だった。

 無限に広がるかに見えた森の中で、初めて自分以外の人影を見た。雷光で反転する景色の中、死神は目を凝らす。

 もしやこの森に棲む「命を操る魔女」かと思ったが、その人影が生い茂る草に足を取られ盛大に転んだのを見て、自分と同じように部外者なのだと少々落胆した。

 青年が観察していることに気づくこともなく、転んだ人影はすぐに立ち上がった。そのまま心もとない足取りでどこかへ向かい始める。

 ふむ、と死神は木に預けていた背を浮かせる。そのまま一定の距離を取って、人影の後を追いかけ始めた。自分にたどり着けない場所であっても、彼ならばたどり着けるかもしれない。

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