妖精郷の魔女を調べる学者の話 9

 初めて「妖精郷の魔女」の館へたどり着いた日は、雨と風、そして雷鳴が轟く日だったという。

「彼女と初めて出会ったのは、もうずいぶんと前の話になるね。珍しい噂を聞いたから、本当なのかと思って確かめに来たんだ」

 命を操る魔女がいる。そんな噂を信じてね。そう、死神はティーカップを置いた。

 そこで、彼は確かに、妖精郷の魔女が「命の天秤」を操る様を見たという。

「――案内してあげてもいいよ?」

 冷めてしまった茶を淹れ直す、手が止まった。まじまじと死神の方を見る。

 死神は出会ったときと同じようなにんまりとした笑みをこちらへ向けていた。

「僕は王様や国の面子なんかはどうだっていいんだけど、彼女の家が荒らされるのは可哀想だ」

「……案内とは」

「僕が初めて彼女の「魔法」を見た館。それによって命存えた『彼女』は、今魔女の館にいる」

 学者が望むなら、『彼女』のいる館へと案内する。彼はそう学者を誘った。

「その館は……」

「妖精郷の魔女の館だ。きみたちが血眼になって探している場所だよ」

 死神の浮かべる笑みはいたずら好きの子どものようで、学者はどうも反応に困ってしまった。

 今、国を挙げて魔女の館を探し回っていることはすでに彼にも教えてある。

 国王も、魔女の館の所在を彼へ尋ねたことだろう。そこで告げ、案内することもできたはずだ。

 そうしなかったのは、てっきり「何者も通せない理由がある」とか「魔術師しかたどり着けぬ場所にある」など、のっぴきならない理由があるのだと学者は思っていたのだが。

「その辺の有象無象を連れて行く趣味はないね。僕は最後まで、彼女の良き友人でいたいし」

 人間に知られぬ場所に居を構えた、妖精郷の魔女。彼女が死した、その館。

「本当に死んだかどうか、この国は疑ってるんだろ? 何があれば、彼女が死んだことに納得するのか知らないけどさ。証拠になると思うものを、きみが持って帰れば良い」

 他の者に、彼女の館を荒らされるよりはよほどいい、と死神は続けた。

 「どうする?」と問われたが、学者が持ちうる答えなど、ひとつしか存在しなかった。


✻✻✻✻✻


 茶菓子がちょうど尽きた頃、死神は「そろそろ行こうか」と立ち上がった。学者はどうしたものかと表情をこわばらせる。

 国からは「国賓が外へ出るならば、必ず連絡を入れるように」と厳命が下っていた。もっとも、それも信用ならないから、いくつもの監視の「目」がついていたのだろうが。

 とはいえ、学者本人からすれば、連絡など入れたくもなかった。妖精郷の魔女の痕跡を踏み荒らされるのはまっぴらだった。

 死神も魔女の館の場所を知る者がむやみに増えないようにと考えているようだった。

「余計な客は連れて行きたくないからね。これから数時間、僕たちはここで楽しくお茶会をしていた。それでいいね?」

 死神が何かを書き付けるように煙管で宙をなぞれば、煙がもくもくと湧いてきてなにかの形を作り上げる。

 それは瞬きの間に、ソファに座る死神と学者の人形へと変わった。ふたつの人形は死神と学者の方を見ることもなく、なにか分からぬ言葉らしきもので「会話」を始めた。

 その様子はどこか「ままごと」感が抜けない感じではあったが、死神は意に介することがない。

 続けて、死神は学者の手を取った。死神の手は学者のそれよりずいぶんと冷たく、「死神」という名の通りのように思えた。

 そんな不吉なことを考えているのを知ってか知らずか、死神は学者にひとつ頼み事をする。

「ちょっと自分の部屋を思い浮かべてくれるかい? 知らない国で『道』を作るの大変なんだ」

「?」

 疑問符を浮かべた顔で見返したが、死神は「いいから」と言葉を重ねるだけだった。

 学者は状況も分からぬまま、自分の部屋を思い浮かべる。学者として勤め始めてから、一度も転居したことのないあの寄宿舎ドミトリーの一室は、さしたる苦労もなく思い出せる。

 死神はどこか手慰みに手元で回していた煙管をパシ、と掴むと、そのまま一度軽くふかした。

 白い煙が部屋に漂い始める。それはたかがひと吸いしただけの煙ではありえなかったが、学者もそろそろ彼の振る舞いに慣れてきていた。

 煙管の煙は学者の視界を覆うように部屋の中へ満ちていく。先程死神が作り出した人形ふたつが、煙の向こうで手をふるのが見えた気がした。

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