妖精郷の魔女を調べる学者の話 8

 ことのあらましと自身の希望を述べた学者の言葉に、「なるほどねぇ」と死神はどこか不思議そうに首をひねった。何かを思案するように、栗色の瞳を宙へ向けて視線を彷徨わせている。

「彼女の魔術のことを、どこまできみは知ってるんだい?」

「――妖精郷の魔女は、命の天秤を操る。それは人や生物にとどまらず、この世に在るすべてのモノの定命を視るのだ、と」


 妖精郷の魔女は、すべての寿命を天秤の形で視ると言われていた。

 そして、彼女の魔術は視ることだけに留まらない。死へと傾いた天秤を生へと戻すことも、その反対に生けるものを死へと誘うよう天秤を傾けることもできると言われた。

 かつて魔女が己の館に結界を張り込み隠遁するよりも前には、魔女に天秤を操ってもらい生きながらえたものもいれば、魔女に命を奪われ死神に連れられていった者もいたという。

 延命を望む者、死を与えてほしいと懇願する者、命にまつわる様々な願いを抱えた人間が、魔女の元へと詰めかけた。

 後を絶たない人間たちに辟易したのか、魔女は姿を隠すようになった。館を幾日も空け、そのうち館自体へたどり着くことができなくなった。

 けれど、それでもまだ魔女に命の天秤を操ってもらい、定命を覆したのだという者はいた。

 こちらから赴くことはできないが、魔女は確かに今でも生きている。

 彼女の御眼鏡にかなった者だけが、望みどおりに命の天秤を望むよう傾けてもらうことができるのだ。そんな話が、まことしやかに囁かれていた。

 この国に住むものならば誰でも知っているおとぎ話である。彼女の「魔法」にすがってこの国へやってくる者も少なからずいるそうだ。


 学者の語る「妖精郷の魔女」の話を、死神は静かに聞いていた。そのうち、ティーカップへ角砂糖をひとつふたつと放り投げて、銀のスプーンをくるくると回した。

「実際に、定命を覆した人なんかに出会ったことは?」

「――いくらかは」

「他の人から聞いた話だけじゃあ満足できなかった?」

 ずず、と音を立てて少々無作法に、彼は茶をすすった。その両目はしっかりと学者を見たままだ。

 満足するかどうか、という話ではないのだと、学者はゆっくりと語った。

 その真偽を判断するのは骨が折れることだった。それぞれに語る話を精査し、比較し、その中から真実を書き残していく。それが学者の仕事になっていた。

「他の人たちは、彼女が本当に死んだのかを聞きたいんだろうに。それはいいんだ?」

「……私は薄情ですから。他の人ほど、彼女の生死に興味がないんです」

 彼女がもう二度と、表舞台に現れることがなくなった。それだけは変わらない。

 これまでも、学者は妖精郷の魔女に近づくために調べているわけではなかった。ただ知りたいという衝動に従っているだけだ。

 ことり、と死神はカップを置いた。相変わらず飄々とした雰囲気をまとったままで、表情から感情を読み取ることは難しい。

「きみの望みが叶うかどうかは知らないが、僕の知ることは話してあげよう。弔いとは、残る者が語らうことだからね」

 この国では少し違うのかもしれないけど。そんな風にのたまう。学者はそんな彼の前で居住まいを正す。

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