妖精郷の魔女を調べる学者の話 6

 命の賢者。それは定命を覆し命を奪う、けれど先短し命を延ばし与えもする者の名だ。

 自分の周囲に浮いていた目は、誰かの遣わせた使い魔であったかもしれず、もしくは誰かが自身の目を飛ばしてきていたのかもしれない。

 どちらにせよ、かの「死神」が、自身の周囲に浮かび覗いていた『目』を駆逐した。それに違いはなかった。

 魔術に明るくない学者には分からなかったが、それでも「かけられた魔術を解く」ことが尋常な所作ではないこと、そして魔術を打ち消された人間が無事でいるかどうか、そのくらいの想像力は働いた。

「……あの『目』たちは……?」

「ちょっと『火』を消させてもらった。きみだって、ずっと監視されてるのは落ち着かないだろ?」

 学者はどこか落ち着かない気持ちをなだめるように、自身の胸元に手をやった。襟元をぎゅっと握る。気を落ち着けるために、ゆっくりと息をついた。

「――その、『火』というのは?」

「僕は、命を蝋燭の炎で見るのさ。蝋燭の火が潰えたら、同時に命も果てる。蝋燭に火がげれば、その命はながらえる。分かりやすいだろ?」

 自分で手を下すのは趣味じゃあないんだが、と死神は宙をつまんだ指先を擦り合わせた。何もないところからサラサラとした灰が落ちてくる。

「心配しなくても、術をかけた人たちに『かやりの風』が吹くことはないよ」

 術者たちは皆無事だ、と死神はその呼び名に似合わないことを言った。術者は今頃「様子がわからなくなった」と嘆いているくらいじゃないか、と彼は続ける。

 『かやりの風』とは、魔術が解かれた場合に魔術をかけていた者へ魔術が返り、手酷い痛手を負うことらしい。この国ではあまり聞かない話である。

 これで、他に誰も自分たちを見るものはいない。ならば、何をしようと何を話そうと、気にすることはないだろう。死神は自身の「魔術」の結果に満足げだ。


 妖精郷の魔女の死を国王に告げれば、国葬の準備を行うため、この国に滞在してほしいという要望と、その間だけでも従者をひとりつけることを薦められたそうだ。賢者とて異郷での生活は何かと不便だろう、との配慮だそうだ。

 異国の魔術師に監視をつけたい、という意図は透けていたが、断ったところで面倒だから、と死神が先に折れた。

 ただし、死神はそのまだ見ぬ従者に条件をつけた。

「僕が頼んだのはふたつだよ。ひとつは、この国で一番「彼女」に詳しい者。もうひとつは、「彼女」の魔術によって定命を覆したもの。てっきり僕は、どちらの条件も満たした人物をすぐに見つけてくれたんだと思っていたんだ」

 王ともなれば、自国の民のことは良くわかっているんだと感心していたのに、と死神は言葉を結ぶ。

 学者は彼の言葉をよくよく噛みしめ、言葉を継ぐ。

「……確かに、この国で「妖精郷の魔女」を研究するものはほとんどおらず、私は研究の成果をお話することができると思います。ただ――」

 ここで問うていいものか、この言葉は気分を損ねないか、そんなことが頭をちらついた。

 けれど学者の性か、気になってしまったものは問わずにいられぬ性分だった。

 己と「妖精郷の魔女」のことであれば、なおさらに。

「私は、魔女によって定命を覆した者、なのですか?」

 学者の問いかけは空に浮いた。誰も答えない、歯車仕掛けの硬質な音色が規則正しく鳴る中で、時だけが過ぎていく。

 学者には魔術の才もなく、まだまだ駆け出しの学生と大して変わらない知識量しか持ち合わせていない若輩者である。当然ながら、命の賢者と称される死神とも、この度天に召された妖精郷の魔女との面識もない。

 この王命は、単に「妖精郷の魔女の研究者であるから」というだけの理由で任ぜられたわけではないように、学者には思えていた。

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