妖精郷の魔女を調べる学者の話 5

「葬儀をするにしても、本当に死したのかを一度改めたい。王はそう仰せです」

 魔女の死を知らせた使者を自分が「歓待」する間に、国王は捜索隊を組織し、妖精郷の魔女の館を探し始めた。

 国王が魔女の館を探している。もし魔女の館を先に見つけ出し、場所を教えたならば報奨が得られるかもしれない。国の人々はいきり立った。

 国をあげての「宝探し」の話は、国立の学舎にも聞こえてきた。魔術を修める者がいれば館を見つける確率が上がる、と考える者は多く、頻繁に声がかかった。

 学者といえど、人によっては金に目がくらむこともあれば望みや野望のために国の願いを聞くものもいる。学舎からも魔女の館を探す探索隊に加わる者が多くいた。

 かの魔女のことを調べる者が増えるならば、それでもいいと思っている。調べる者が増えれば増えるほど、明らかになる事実は増えるかもしれない。

 学者はそう、どうにか思い込もうとしていた。


「気に入らないみたいだね」

 死神の言葉に、学者はそっと視線を伏せた。

「暴き立てるようなことは、したくないのです」

 国としては必要なことなのだろう。

 けれど、魔女の死を暴くのはどこか冒涜のように思えて、学者は気乗りがしなかった。

「けれど、私は学者です。どうしても、彼女のことが知りたいと思ってしまう」

 今の国の人間と、彼女の秘する部分を知りたいと思う自分は、何ひとつ変わらないのではないか。そんな不安も渦巻いていた。

「どうしてそこまで、彼女のことが知りたいんだい?」

「――人というのは、忘れる生き物ですから」

 人の記憶は曖昧で移ろいやすい。けれど確かな書物に残せたならば、記憶の定命は遙か長くに伸ばすことができる。


 死したという妖精郷の魔女を、確かな記録として遺しておきたい。


 今やおとぎ話の住人と言っても過言ではない、けれど確かに信じられている妖精郷の魔女。いつか誰もが忘れてしまう、物語の住人にするのはどうにも忍びなかった。

 学者はあまり魔術の成績も良くない自分が、隠された魔女の館を見つけられるなど思っていなかった。そんな能力は、自分にはない。

 そんな中、舞い込んできた「国賓の相手」という大役。

 この機会を逃したならば二度と、妖精郷の魔女の逸話が表沙汰になることはないだろう。

 なるほど、と死神は興味深そうに頷いていた。そして、黒々とした瞳でこちらを見つめる。

「てっきり、命の恩人に礼でも言いたい、ってことかと思っていたけど、そうじゃないんだ?」

「……?」

「ここで話してもいいけど……邪魔なものをちょっと除こうか」

 死神の意図が分からず、けれど尋ね返す言葉も持ち合わせていない学者はきょとんと国賓を見つめるより他にない。

「きみ、魔術の素養はさっぱりなんだね」

 そんなことを言いながら、死神は懐から細長いパイプのようなもの――彼の祖国では煙管キセルと呼ぶそうだ――を取り出した。灰入れを出そうと腰を浮かせかけた学者を、死神は「そこにいなよ」と制する。

 死神は火をつける素振りもなくそっと一息吸い込んで、煙をこちらへ細く吐き出した。

 細く長く吐き出された煙は学者の周囲をぐるぐると回る。すると、その軌跡にひとつ、ふたつと「目」が現れる。人の片目から動物の目の類まで、それは続々と数を増やしていく。異常な光景に学者も血の気が引いた。

「――あの」

「別に悪さをするものじゃあないよ。ただの監視用の魔術ってだけで。いやしかし、こんなにつけられてる人を見るのは初めてだ」

 ケラケラとひとしきり笑ったあと、死神はそっと片手を学者の方へと差し出した。そのまま何かをひねるように、指先で宙をつまんで手首をひねった。

 瞬間、学者の周囲に浮かんでいた『目』がすべてこの場から消え失せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る