妖精郷の魔女を調べる学者の話 4

 元々、この死神は海を超えた極東の異国に住む魔術師だ。招待をした賢者の中では一番遠い国に住む。

 そんな魔術師がこの国へ一番にたどり着いた理由は、簡単な話だ。

 彼が、妖精郷の魔女の死をこの国へと知らせた者であった。

 彼はその知らせをもたらした後、葬儀を行うならばそれまでこの国に滞在する、と伝えてきた。結果として、異国では何かと不便であろう、と世話係を用意することになり、学者がその任を命ぜられたのだ。

 死神がソファへついたところで、入口に備え付けられたベルが鳴る。部屋へ人が入ってくる合図である。

 やってきたのはワゴンを押した従僕フットマンだ。死神へ丁寧な礼をして、従僕は手際よく茶器が並べられる。ティーカップは学者の分もきちんと用意されていたが、学者はその前にソファに座ること自体をためらっている有様で、ずいぶんと不可思議な状況だった。

 ずんぐりとしたポットから注がれる紅茶の香りがふわりと部屋に舞う。一対の茶器の間には、ビスケットを始めとした茶菓子が並ぶ。

 テーブルを整え終えた従僕は、学者を一瞥して立ち去っていった。後の接待は抜かりなく、という圧を感じたように思うのは、きっと気のせいではないだろう。

 従僕が出ていった後、再び訪れた静寂に苦笑しながら、死神は茶器を手に取った。しばし香りを楽しんだ上で一口すすった。その口元が少しほころんだのが見えて、少しホッとした。

 死神の視線が茶器から学者へと移る。

「きみの分もあるのだし、座ったら?」

 死神は彼の正面にあるソファへ座るよう促した。例のごとくためらいの気持ちはあったが、続けて再度促されれば断ることもできない。学者はそっと、ごく浅くソファへ腰掛けた。

 ソファは、学者が今まで座ってきたどんなものよりも心地よい柔らかさだった。眼前に魔術師がいる緊張感がなければ、そのまま脱力してしまうところだった。

 学者の様子を見て、青年はにんまりと笑う。

 自分だけ座っているのは気分が良くないからさ、と青年は続けたが、単なる親切心だけではないことを彼の両眼が物語っている。おおかた、おっかなびっくりソファに腰掛ける自分の姿がおもしろいのだろう。

 半分ほど見世物になっているのはわかったが、それでも不思議と嫌な気はしなかった。

 これで少しは話しやすくなったね、と死神は茶器を持ち上げた。

「しかし、葬儀のため、ね」

 学者の淹れた茶の香りを確かめながらこぼす言葉には、どこか揶揄するような色が添えられている。学者はきりきりと痛む胃に無意識に手を当てていた。

 思ったことがすぐに顔に出るやつだな、と学者はよく言われてきた。それは今でも変わっていない。学者は意図を隠せず渋面した。

 やれやれ、と言わんばかりの視線がこちらへ向けられる。

「やっぱりね。本当に死んだとは思っていないわけだ」

 もはや隠しおおせることではない。学者はこくりと頷いた。


 命の賢者たる異国の魔術師が、妖精郷の魔女の死を告げた相手はこの国の国王であった。

 死の知らせを聞いた国王は、その真偽を確かめようと準備を始めた。

 異国の魔術師の言葉をそのまま信じなかったのは当然の話である。もしかすれば、この異国の魔術師が嘘をついている可能性があった。

 妖精郷の魔女は国の支柱、国民の心を支える稀代の魔女であった。それがいなくなった時、大なり小なりの喪失感や無念さを国民たちが覚えることは想像に難くない。そしてそれを狙って、嘘を吹聴する者が出てきたとしてもおかしくはないのだ。

 妖精郷の魔女はこの国に座す魔術師だが、国のあり方や人間の味方はしないと言われる。だからこそ森の奥深くに隠れ住み、人々の前には決して顔を見せぬのだと。

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