妖精郷の魔女を調べる学者の話 3

 貴賓室と呼ばれるだけあって、ソファや床の絨毯などの調度品や壁にあしらわれた装飾、瓦斯ガスの明かりが灯るランプまで、ひと目で高価なものと分かる代物ばかりだった。

 理解してしまうと、身の置き場に困ってしまう。何かひとつでも傷つければ学者のささやかな給与などでは返しきれない額が吹き飛ぶだろう。

 結局、学者は扉のそばで立ちすくんでいた。それを青年が見とがめる。

すみが好きだね。きみたちの国はみんなそう?」

「いえ……何か壊してしまいそうで……」

 自分が不器用なことは、学者自身が一番理解しているのだった。

 ただ、その言葉はあまりお気に召さなかったらしい。「つまらないなぁ」と青年は少々がっかりしたような声音を返してきた。とはいえ、それでも事情は伝わったらしい。

「こういう仕事の人じゃないんだ? もともと何してる人?」

 青年はソファに腰掛け、学者の答えを待っている。漆黒の双眸は深く、どこか魅入られるような気がした。思わず少し視線を伏せてそらしてしまう。

「学問を修めること、極めることを目的として、王立学舎に勤めております」

「学者さんかぁ。すごいねぇ。僕は全然そっちがダメでさ」

 修行も嫌いだったしねぇ、と学者はカラカラ笑う。

 学者は魔術の素養がない人間であったし、異国ではどのような経緯を経て魔術師となるのかは知らない。

 それらを尋ねてみたいと思ったが、それよりももっと気になることがあった。

「あの――」

 そこまで声に出して、ためらった。この国賓を、はたしてどう呼んだものか、と。

 聞けばかつて、呼び名が気に食わぬと打首になったものもいるという。この国で最敬礼の言葉であっても、それが彼の国で同じく敬意を払った言葉である保証はない。学者はこの国賓の祖国に明るくはなかった。

 口ごもった学者の様子に、青年は首を傾げる。

「なにか聞きたいことがあるんでしょ? 僕、礼儀とか気にしないよ。好きに話してくれたらいいんだけどな。言葉遣いだって気軽に――君たちの言葉だと「ふらんく」に? してくれたら嬉しい」

「は……はい……差し支えなければ、まずはどうお呼びしたら良いか、お教え願えませんか?」

 青年は「硬いなぁ」と肩をすくめる。そうは言われても、相手は国にとっての賓客であり、なにか対応を誤れば自分の首が飛びかねないのだ。フランクに、と言われてその通りに振る舞えるほど、学者は肝が据わっていなかった。

 問われた青年は「そうだなぁ」と視線を天井へ向けてしばし思考を巡らせている。そして、ぽんと手を打った。

死神リーパー、にしよう」

 妙案だ、という雰囲気で告げられた呼び名に、学者はどう答えていいものやら反応に困ってしまった。

 たしかに、彼は「命の賢者」である。命を刈り取る者である「死神」という呼び名は言い得て妙かも知れないが、あまり名誉な名ではない。恐れられ忌まれる者の総称だ。けれど、彼の国ではひょっとして呼び名にふさわしい名誉ある名なのかと、ぐるぐると思考が巡る。

 学者がためらっていることに、青年――死神も気がついている。忍び笑いを漏らしながら、続きを口にする。

「文化は違えど、僕の国でも良い名前じゃあない。むしろ縁起が悪い名前だけど、いいのさ。僕の魔術に関わる名前だ。呼ばれ慣れてもいるし、魔術師の真名は知らないほうが身のためだよ」

 名は体を表すからね、と死神は続けた。どこか煙に巻かれたような気もするが、彼がいいというなら学者もこれ以上こだわるつもりもなかった。

「それでは、これよりしばし、「妖精郷の魔女」の葬儀まで、よろしくお願いします。死神様」


 妖精郷の魔女は、この国唯一にして最高の魔女であった。そんな魔女が死したというのなら、国を挙げて弔うべきであろう。国王はそう沙汰を下し、かの魔女の国葬を行うと決めた。

 国葬とするならば、招待するべき人々は多くいる。

 妖精郷の魔女、またの名を「二人目の命の賢者」 彼女はこの世界を作り上げた四人の神の力を受け継ぐ「賢者」の一人、すなわち世界中から敬意と畏怖を抱かれた存在だった。

 偉大なる「賢者」の訃報に、国王はこの世界各地に散る「賢者」を招き、彼らが集まったところで国葬を行う、とお触れを出した。

 今学者の眼前にいる死神は、別の名を「一人目の命の賢者」と呼ばれている。

 魔術師が誰でも扱える超常の力を魔術と呼ぶが、定命を操るなど、その者しか扱えない力をこの世界では「魔法」と呼んだ。

 その「魔法」の中でも命を操る魔術師が、代々「命の賢者」の名を冠する。通例であれば賢者を名乗ることができるのは同時代にひとりだけだ。この時代になぜ命の賢者がふたり存在するのか、それは魔術師界隈の事情に明るくない学者には分かりかねるところであった。

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