妖精郷の魔女を調べる学者の話 2

 青年は異国の服を身にまとっていた。長方形的なシルエットの黒衣だ。上半身と下半身の服は別れていないようで、一枚の布を折って、腰を幅広の帯で締めて留めているようだった。

 この国賓は極東の島国の出身だという。この国も島国ではあるが、ずいぶんと違う文化を持つらしい。

「それで、きみは?」

 青年は手慰みに蒸気を操りながらも、扉に視線を向けたままだ。慌てて学者はピンと背筋を伸ばした。

「わ、私は、この度身の回りのお世話をさせていただく者にございます。お気掛りのことがございましたら、な、何なりと、申し付けください」

 カツ、と右のかかとを左足の内側へぶつけ、右手で敬礼をする。この国での最敬礼の挨拶にあたるが、日頃からこのような挨拶などまずすることがない学者の挨拶は、お世辞にも様になっていなかった。

 貴賓室の扉の両脇に立っている警備兵から向けられる、哀れみの視線が少々痛い。

 敬礼姿のまま立つ学者に、ようやく青年はちらりと視線を投げた。扉の仕掛けをいじくり回すことにようやく飽きたらしい。

 異国の青年はしばし学者を見ていたが、じきに首を傾げた。

「この国ってその、敬礼? で待機するのが礼儀なのかい?」

 敬礼は目上の者が良いと言うまで下ろしてはならない、と習ったのはいつの話だったか、学者もよく覚えてはいない。その決まりを守るのが今や国王の警備隊くらいのものであることも、学者は知らない。

 そして、異国の青年が敬礼に対して「よし」と言うわけもないことに学者が気づくには、もう少しかかった。

「まぁいいよ、とりあえず入ったら? なんだかよく分からないけど、面白そうだから」

 そうひとつ笑みを見せて、青年は踵を返して部屋の中へと戻っていく。少し遅れて長い袖が翻った。歳は自分と変わらない二十歳すぎと聞いているが、小柄で華奢な体格はもとより、笑った顔はますます幼く見える。魔術師は皆年齢不詳だからなのか、他国の人間だからなのか、判断はなかなかつかない。

 学者は敬礼の腕を降ろし、代わりに「失礼いたします」と声をかけて部屋へと入った。学者の背後で音を立てて扉が閉まった。

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