妖精郷の魔女を調べる学者の話

 学者はひとり、機械仕掛けの扉の前で息を呑む。歯車が多く組み合わせられた複雑な扉細工は国賓のみが使用を許される貴賓室に用いられるものだ。

 王立学舎に勤めることが決まって支給された式典服に袖を通したのは、かれこれ何年ぶりであったかを学者はすでに覚えていない。縦に長く薄い身体は学舎の用意した規定サイズでは賄えず、少々寸足らずの式典服はそっと衣装棚クローゼットの肥やしとなっていたのだった。

 この扉の奥にいるのは国賓のひとり、もうひとりの「命の賢者」と呼ばれる者だ。

 万にひとつの粗相のないように。

 そう何度言い聞かせられたか分からない。言われずとも学者も理解はしている。

 賢者の中でも一番の力を持つとされる、命の賢者。機嫌を損ねでもしたら、自分の命はおろか国ひとつくらい簡単に吹き飛んでしまいかねない。

 神に等しいほどの相手の側仕えを、単なる一学者の自分がなぜ仰せつかったのか未だに学者は理解ができなかったし、もっと言うならば夢なら早く覚めてくれ、と思い続けてここまで来た。

 けれどあいにくこれは現実で、王命なれば断ることも許されず、学者はこの扉の前に立つ羽目になった。

 扉の前に立つところまでは出来たが、扉を開く覚悟が決まらない。

 意を決して扉へ手を伸ばそうとしたところで、扉の歯車細工が目まぐるしく動き出す。学者は慌てて二歩下がった。蒸気の熱さに魔術のきらめきが重なりながら、扉がゆっくりと開いていく。

「おー、開いた開いた」

 貴賓室の内にいた青年は、興味深そうに扉の仕掛けを眺めている。未だ残る蒸気に指を這わせてくるりと回せば、彼の指に導かれるように蒸気が引かれ踊りだす。あれも魔術のひとつなのかもしれない。

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