第13話

 あれからどれほどの時間が流れただろうか。私は黒い水の中を漂っていた。まるでブラックコーヒーだ。でも、においも味もしない。墨汁のように光を通さない暗黒。もう、どこに向かっているのかもわからない。ただひたすらに辛く苦しい。死にたい。そう思っても死ぬことすらできない。辛うじで自我を保てているのは紺右衛門の狐玉のおかげだろうか。何が大切な事を忘れている気がする。しかし、もう思い出せない………

 このまま永久に漂うのだろうか。ここが黄泉の国ならば、私はもう死んでしまったのかもしれない。嫌だな。やっぱり死にたくはないな。

 私はもう一度周囲を見渡す。だがやはり何も見えない。もう目が見えないのかもしれない。だとしたら、もう紺右衛門にも……

 その時、声が聞こえた。澄んだ高い声。お姉ちゃんだ。

「たまもー!」

 それは幼き日の思い出だった。

 私は無能と言われほっとかれていた。唯一の話し相手は紺右衛門。一方のお姉ちゃんは両親の寵愛を受けていた。大人しか参加できない修行にも5歳から参加し、様々な役目をこなした。

 それが羨ましかった私は自分にもできることを証明したくて、お姉ちゃんがよく行く修行場の結界に無断で踏み入った。その結果、出ることができなくなり長い時間を真っ暗な森の中で彷徨う羽目になった。その時最初に私を見つけてくれたのはお姉ちゃんだった。

 出口の無い、月明りすら差し込まない暗い森の中の結界を一人で歩き続けて、体力も精神力ももうほとんど残っていない。幼いながらに「私はここで死ぬかもしれない」と考えた。疲れ果てて、歩けなくなりうずくまっている時、お姉ちゃんの呼んでいる声が微かに聞こえた。私は本当に嬉しくてそれまで必死で泣くのを我慢していたのに、我慢できずに号泣していた。私を見つけてくれたお姉ちゃんも泣いていて、二人して泣きながら手をつないで家まで歩いたのを覚えている。

 あの時のお姉ちゃんの声がする。これは走馬灯なのだろうか?

 目を開けた。

 お姉ちゃんが私を見下ろしている。私はお姉ちゃんの膝の上に頭を乗せているようだ。

「…!たまも!」

 お姉ちゃんは私を抱きしめた。

「帰ってこれたのね……!」

 お姉ちゃんは泣いていた。

「あ、えっと」

 頭が混乱している。えーと、なんでこんな状況に?ここは近所の公園?紺右衛門は?

「あ!!!」

 繋がった!紺右衛門は戦い続けている!

 すぐに体を起こす。

「お姉ちゃん!すぐに結界を閉じて!」

「え?ああ、なるほど。二人を閉じ込めるのね。でも、紺右衛門は?」

「多分大丈夫!」

「……駄目でも恨まないでね」

 そう念押ししてから、お姉ちゃんは電話ボックスに向かって手を広げた。しかし何も起こらない。

「お姉ちゃん?」

「待って、おかしいの。壊せない。どうして?そんなはず……」

 お姉ちゃんは焦っているようだ。

 ということは………

「お母様の仕業か………」

 お母様は恐らくお姉ちゃんが右近、左近に危害を与えられないようにお姉ちゃんに命じているのだろう。それも一種の呪術だ。

「…てことは、私がやるしかないって事ね」

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