第10話

 一瞬、胸の辺りが熱くなった感じがした。

「あえ?」

 下を見ると刀が私の体を貫通していた。すっと刀が引き抜かれると同時に立っていられないほどの激痛が走る。

「がはっ!」

 体が地面にぶつかる感触。血の味。傷口は熱くて体は冷たい。血が流れ出ていく感覚が気持ち悪い。

「玉藻!」

 お姉ちゃんが私を抱き起こす。

「右近!どうして!」

「お嬢様、お母様のめいは絶対です」

 右近は刀に付着した私の血を払い、鞘に納めた。

「致命傷です。長くは持ちません。置いておきましょう」

 隣に左近も現れる。結局、彼らはであって、お姉ちゃんの眷属ではなかったのだろう。優先されるのはお母様のめいであって、お姉ちゃんではないのだ。

 痛みを堪えつつ、私は考えていた。この状況を覆す策はあるだろうか。この傷は確かに深い。じきに私は死ぬだろう。時間さえあれば、様々な術式に精通するお姉ちゃんなら治療できるかもしれない。だが、右近、左近がそれを許さない。となれば、まずは右近、左近、を何とかしないといけない。

「…紺右衛門……できそう?」

「…………」

 返事が無い時は否という事。

「…だよね」

 紺右衛門も消耗が激しい。もう一度オーバーライドすれば一瞬は戦えるが、おそらく5秒程度が限界。その短時間で二人を相手するのは難しい。打つ手は無しかな…

 その時、視界の角に公衆電話ボックスが映った。

 ……いや、まだ手はある。

「お姉ちゃん…」

「玉藻!私どうしたら……」

「公衆電話…鳴らして…つないで」

 私がそう伝えると、お姉ちゃんも気が付いたようだった。

「そう、そうだったわ」

 お姉ちゃんはガラケーを取り出して、番号を押したあと通話ボタンを押した。

 公衆電話がなり始める。

「…紺右衛門」

 私が呼ぶと同時に、公衆電話の受話器がひとりでに落ちた。同時に私の意識は落ちる。

 気がついたときにはあの草原にいた。紺右衛門が膝枕をしてくれている。彼が受話器を外して結界に接続し、私をのだ。

「ここは常世と現世の境。さしずめ三途の川一歩手前といったところだ。なるほど、今の主にはお似合いじゃ。考えたな」

 ここはお姉ちゃんの結界。そう簡単には外部からは入れない。中から出るのも一苦労だけど、お姉ちゃんが協力してくれるなら何とかなるだろう。ひとまず延命目的でこの結界を使おうと思ったのだ。それに、ここは現世よりエーテルに満ちている。紺右衛門はこちらの方が回復できるはずだ。

「紺右衛門の力でこの傷治せる?」

「うーむ、わしは治癒については専門外じゃからな」

 そうは言いつつも、紺右衛門は両手を傷にあてて治療を試みてくれていた。だが、純粋なエーテルにはせいぜい止血する程度の効果しかなく、治療するというのであれば再生を促す術式を用いる必要があるはずだ。

「だよね。紺右衛門、無理するとあなたも消えちゃうよ」

「ふん、主を守れん眷属に存在価値は無い」

 そう言ってから紺右衛門は少しうつむいた。

「……すまんかった」

「え?紺右衛門て謝れるんだ……」

 私が驚いて言うと紺右衛門は「くっ、こんな時まで生意気なやつじゃ……」と苦い顔をして言った。その様子を見て笑ってしまう。

「ふふふ」

「……しかしここからどうする?右近と左近はしかないとして……」

「いや、他にも作戦はあるよ。でもお姉ちゃんの協力がいる」

「協力?しかしここからどうやって?」

 私は電話ボックスを指さした。

「電話があるじゃない」

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