第7話

 私は電話ボックスに歩み寄る。

 先ほど蹴飛ばした黒い影が這いずって近寄ってくるが、それを難なく踏みつける。

「さっきはよくもやってくれたわね。でもおかげで目も覚めたわ」

「さて、どうしてくれようかのう」

 紺右衛門が虚空から一振りの刀を取り出す。

「やっておしまい!」

「…その掛け声はどうなんじゃ?」

 紺右衛門は文句を言いつつ黒い影の頭部に刀を突き立てる。すると黒い影は内部から輝き始め、やがて光の粒子となって消えた。

「雑魚じゃったな」

「こいつは何だったんだろうね」

 私が聞くと、紺右衛門は少し考えた。

「うーむ、この術式を仕組んだものが使役していた低級霊じゃが、特別なものではなかったな」

「ふーん」

 そんな話をしていると、電話ボックスからまた黒い影が染み出してきた。今度は1体ではない。続々とあふれ出してくる。

「おや、こちらが抵抗していることに気づいたようじゃ」

 紺右衛門が刀を構える。

「しかし、厄介じゃ。ここは出口が無い。祓えば終わるかと思ったが、黄泉の亡霊を根こそぎ祓うわけにもいくまい」

「……やっぱり本体を絶たないとダメか」

 この場合、本体とはこの結界の作成者のことだ。つまりここから出ないことには打つ手はない。

 完全に隔離されているここから出ることは不可能に思える。だが、一つだけ方法がある。今回の術者は遠隔から電話を媒介にて低級霊を送りつけたり、結界に取り込んだりしている。つまり、この結界と術者を結んでいる基点はあの電話なのだ。

 私は電話ボックスに近づく。湧いて出た影の亡者たちが私にしがみついてくるが、そのまま進む。

「おい、玉藻!何をしている!下がるのじゃ!」

 紺右衛門が慌てた声で叫ぶ。

「大丈夫。私に任せなさい」

 瘴気と怨嗟に取り囲まれていく。でも大丈夫。ここから出るためにも、この方法が一番早い。私は手を伸ばし、垂れ下がった公衆電話の受話器を手に取った。それを半ば無理やり耳に押し当てる。

 怨嗟、怨念、怨恨、怨訴

 あらゆる負の思念が体に流れ込む。強い耳鳴り。視界は上下反転し、足元の感覚は無くなる。あらゆるものが黒く、黒く塗りつぶされる。ああ、気持ち悪い。イライラする。悲しい。不甲斐ない。虚しい。苦しい。憎い。ぐるぐると廻り続けている。どこまでも続く呪詛に心が蝕まれていく。

 だが、その中に一本の細い光を見つける。髪の毛ほどの細さの一筋の光。そこに向かって全力で走る。もうここがどこだかわからない。私が誰かもわからない。汚染された精神で、それでもその一点を目指して手を伸ばす。誰かの声が聞こえる。紺右衛門だ。何と言っているかまでは聞き取れない。でもその声は私に力を与えた。徐々に思考がクリアになる。目標が良く見える。私は手を前にかざした。

「我が身に宿るは日輪の輝き。日の本にて全てを照らさん」

 私の周囲に暖かな陽光が広がる。闇が溶けていくのを感じた。気が付けば、そこは夜の公園だった。すぐ近くには公衆電話ボックスとベンチがある。現世うつしよに戻ってこれたようだ。

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