第6話
常世には時間の流れが無い。永久に変わらない神域。ここにとどまっても時間は解決してくれないという事だ。一先ず私は明かにこの場所には異質な電話ボックスを調べてみようと思い、歩き始めた。数歩歩くと音がすることに気づく。
また電話が鳴っている。
電話ボックスの公衆電話が鳴っているようだ。そろそろこの音にもうんざりしてきた。しばらく電話は取りたくない。電話ボックスに近づき、ドアを開ける。狭いボックス内には緑色のボディが鮮やかな公衆電話が設置されている。外見に特に変わったところは無い。電話は鳴り続けている。電話ボックスの中に入ろうとして踏みとどまる。ボックス内部は空気が違った。普通の人であれば気づかないほどの違い。だが、私にはわかる。このボックスがもう一つの結界になっており、その中は常世そのものだった。これはまるで封印の術式。二重の結界に閉じ込め、対象を自ら常世に落ちるよう誘導する。常世に閉じ込められてしまえば、そう簡単には脱出できなくなる。というより、普通は永久に常世を彷徨うことになる。
私は静かに後ずさる。すると鳴り続けていた公衆電話の受話器が勝手に持ち上がり、下に落ちた。ケーブルが伸び切り、くるくると回る受話器から何かが聞こえる。
『お前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだ』
淡々と抑揚のない低い声で呪詛が繰り返されている。鮮やかな緑色だった公衆電話のボディもだんだん色褪せ塗装がはがれ錆び始めた。時間を早送りしているように電話ボックスは朽ちていく。三方を囲うガラスには黒い無数の手形が徐々に増えていく。そして電話ボックスの床から黒い液体が染み出し始め、それがやがて人の形のようになる。枝のように細い手足に異様に大きい頭。虫のような挙動でカサカサと動いている。
「ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
声なのかすら良くわからない音を発しながら黒い影は這いずり、私に近づいてきた。そして私の足を掴もうとした時。
「……いや、お前誰やねん!」
私はサッカーボールを蹴るような感覚で足をフルスイングした。
「ばばばぼぶぁぁぁ………」
黒い影は宙を舞い、見事に電話ボックスの中に転がった。
「ゴール!」
私はガッツポーズをする。なんの呪術かは知らないが、あんな雑魚は本来敵ではない。不意打ちでなければ対処は簡単だ。
「紺右衛門!」
「ここに」
私が呼ぶと同時にすぐ隣に紺右衛門が現れる。
「いやあ、こんなこともあろうかと狐玉を仕込んでおいて正解じゃった」
「うん、おかげでリンクも切れなかったよ」
ポケットから狐玉のキーホルダーを取り出す。真っ白でふわふわなそれは、紺右衛門(白狐)の毛で作られている。これにはエーテルが秘められており、私を守ると同時に紺右衛門と私をつなぐ
いつの間にかポケットに入っていたのだが、どうやら先ほどの一件があった後に紺右衛門が入れておいてくれたらしい。
「さて、とりあえずここから出ますか」
「そうじゃの」
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