第4話

 何の前触れも、連絡も無く私の姉、仙狐 葛葉せんこ くずはがこの古くて狭い事務所に突然やってきたのは一週間ほど前の出来事だった。

 呼び鈴が鳴ったのでドアの覗き窓から見てみると、着物を着た大和撫子といった風貌の黒髪美人が立っていて、後ろには付き人2人が見えた。

「え!お姉ちゃん!?」

 私がドアを開けると「来てあげたわよ」と一言言って、招き入れてもいないのに勝手にずかずかと踏み入り、付き人で眷属の右近うこん左近さこんに折りたたみ椅子と机をセッティングさせて腰かけた。すぐに机の上には熱々の緑茶が湯のみで置かれる。手際がいい。

「なにここ。汚いわね」

 お姉ちゃんは顔をしかめた。

「お、お姉ちゃん!?なんでここに?」

 お姉ちゃんは仙狐家の次期当主と言われている。呪術を始めとするさまざまな術式の才があり、幼いころから術師としての英才教育を受けてきた。長い黒髪はさらさらと美しく、妹の私から見ても整った顔立ちをしている。顔つきはお父様に似たと思われる私とはあまり似ておらず、お姉ちゃんはお母様の若いころにそっくり……らしい。

 お姉ちゃんに会うのは久しぶりだった。4年ほど前に仙狐の家を飛び出してからは一度だけ会ったが、それ以来は電話しかしていない。今の事務所の住所は教えていないし、そもそもお姉ちゃんはインドアタイプなので、本当に驚いた。

「かわいい妹の顔を見に来たの。というのは嘘。本当はお母さまに命じられて視察に来たというのも嘘。ただの気まぐれで遊びに来たの。というのも嘘」

「?????」

 全部嘘だった。

「本当のことを言う気はないわ。と思ったけど教えてあげる」

 そう言い放つとお姉ちゃんは緑茶を飲んだ。

 一体何の用で?私はドキドキしながらお姉ちゃんの次の言葉を待つ。

 お姉ちゃんは緑茶を味わうと、湯飲みを置いてこういった。

「………私、宝くじで7億円当たったの」

「絶対嘘じゃん!」

 思わずツッコみを入れる。

 お姉ちゃんは宝くじなんて買わない。なぜなら仙狐家には数百億の簡単には使いきれない資産がすでにあるからだ。仮に気まぐれで数枚の宝くじを購入したとして、それで1等レベルの当たりを引き当てるとは思えない。いくらお姉ちゃんでも無いものは当てられない。

「もちろん嘘よ」

 案の定、お姉ちゃんは即答した。私は脱力する。そう、お姉ちゃんはこうやって私をいじるのが趣味なのだ。性格がねじ曲がって一周まわってまともそうに見える。それが私からのお姉ちゃんのイメージだ。

「……まあ、何でもいいけど。特にこちらから報告できることは無いよ。帰る気もないし、帰ってきて欲しいだなんて思われてないと思うし」

 私はソファーに腰かけてペットボトルのコーヒーを口に含んだ。

「知っているわ。だから私ここに住むことにしたの」

 私はコーヒーを盛大に噴き出した。

「ごほ!ごほ!……嘘でしょ!?」

「もちろん嘘よ。相変わらずはしたない子ね。着物が汚れるじゃない」

 確かに噴き出したコーヒーはお姉ちゃんに直撃コースだったが、右近、左近が開いた折りたたみ傘で完璧に防御されていた。しかし床はびちゃびちゃになった。あとで掃除しとかなきゃ紺右衛門に怒られる……

「う、それはごめん。……でも、そういう嘘はやめてよ!」

「どうして?嘘なんてびっくりさせないと意味ないでしょ?」

「性格が悪い!」

「あら、姉に向かって失礼ね」

お姉ちゃんは優雅にほほ笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る