第3話

 事務所は荒れていた。まあ、荒らしたのは私なのだが、その時の記憶はない。

 書類棚は倒れ、床には紙ファイルや書類が散らばっている。ソファーはひっくりかえり、黒電話の黒豆は無残にも破壊され壁際に落ちている。壁に向かって投げつけたのだろうか?

 コーヒーをぶちまけたのか床には黒いシミが出来ていて、足跡のように転々と外に向かって続いている。多分私が屋上に行くときについたのだろう。

「このビルにかけていた結界が割られている」

 紺右衛門が指さした方を見ると神棚の神前用具として飾っていた皿やら小瓶が粉々に割れて床に落ちていた。

「ゆえに呪術にてられたのだろう」

 紺右衛門は冷蔵庫を開け、中のコーヒーの山に顔をしかめた。彼は酒好きだが甘党でもある。ブラックコーヒーは苦手なようだ。紺右衛門は諦めて、まだきれいなコップを探して水道水を汲んだ。

「本来、仙狐の家は神聖な巫女の血筋。神の依り代として強い霊力を持っている。が、それでも所詮は人間。わしとの接続が切れればこのざまよ。やはり、うかつにあれやこれやと触れるのは危険じゃ」

そう言ってから水を飲む。

「まあ、そうだよね。わかっちゃいたんだけどねぇ」

 私も新しいコーヒーを冷蔵庫から取り出して、一口飲む。

 家を出てから、私はいわゆる霊能力者として問題を解決する会社「アマテラスシステム」を立ち上げて、日々なんとか生活できる程度の収入を得ていたが、確かに最近は色々と手を出しすぎたのかもしれない。むやみに呪いに触れれば、触れたものも呪われる。

 今回、敵はこのビルの結界を壊してから私の寝こみを襲い、紺右衛門とのリンクも切断するという並大抵ではない手際を見せている。呪い自体は単純かつ比較的弱い物だが、素人の仕事ではないだろう。まさか、わざわざ私を狙うやつなんかいないと思っていたが、考えを改めなければならないようだ。

「ここ最近この部屋に入った人は5人。たぶんその中の誰かが仕掛けてきている」

「ふむ、おかしな痕跡はなかったと思うんじゃがな」

「そうね。私も気づかなかった」

 この一週間でこの事務所を訪れたのは五人。幸いにも残念ながら人の出入りは少なかったので消去法で犯人を導き出せるはずだ。

 一人目はとある学校の教師で先日解決した案件のお礼と支払いだった。

「あの事件は簡単な割に収入良かったなぁ」

 できるなら、全部このぐらいの労力であのくらいの収入を得たいものだ。

 二人目は情報屋の夢見月ゆめみつき。彼は呪術の知識も豊富だが、私とはビジネスの関係なので、私を消しても得はなさそうだ。この時も新しい仕事の情報をお互いに交換した。仲も悪くないと思う。

 三人目は目付きのヤバイおじさんで、妻を殺したいと相談されたがここは殺し屋の事務所ではないことを丁寧に説明したら、悪態をつきながら帰っていった。一応警察にも通報しておいたがその後は知らない。

「あれは怖かったのう。生きてる人間はやはり恐ろしい……」

 四人目は紺右衛門の呑み友人で猫又の不知火しらぬいだった。彼は怪異の一種ではあるが、人間に害をなす存在ではない。私も会ったことがあるが、見た目は普通の猫である。ただし人語を話すし、こてこての関西弁だ。

 そして五人目は………

「…………まさか、お姉ちゃん……?」

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