第1話
私が名乗るのと同時に電話は切れた。
「あ、おい、もしもし!?はぁ?なんなん!?」
人を深夜に起こしておいて、無言で切るとはマナーがなっていない。いや、深夜に電話してくる時点でマナーもクソも無いが。イライラしたのでコーヒーを一口含む。
「……ふう」
うーんいい香り。やはりコーヒーは良い。心が落ち着く。本当は豆をひいた本格ドリップコーヒーが飲みたいが、最近はペットボトルでも十分においしい。まあ、喫茶店の味に届くことはないのだが、ずぼらな自分にはこれぐらいの手軽さが良い。だって喫茶店は高いし、近所にないし。
ソファーに腰かける。さて、起きてしまったからには仕方ないので仕事でもしようかな。私は元々夜型なので深夜に起きること自体は苦痛ではない。今日は早い時間に寝落ちしてしまったようなので睡眠もそれなりに取れている。
この事務所は私がほとんど一人で運営している。最近収集したデータをまとめたり、今月の収入と出費の計算。ホームページの編集、ステルスマーケティングなどなど。意外とやることは多い。そう思っていると、また電話が鳴った。黒電話からおなじみのベルの音が鳴り続けている。
「うーん、これはどうしたもんかな」
黒電話を見て試案する。電話線を抜くことも考えたが、仕事の依頼だったら一つ収入源を失うことになる。株式会社アマテラスシステムは24時間営業を掲げているが、その理由は顧客の依頼が緊急性を要することが多いからだ。私は受話器を手に取った。
「はいもしもし?」
『……………………』
今度は切れなかった。だが無言だ。
「どちら様?」
『……………………』
やはり無言だ。繋がっているのかと不安になるが、時折風の音のようなガサガサという音が入るので切れてはいないようだ。
「はあ、なんだってこんな時間なのさ。目的はなんだい?」
『……………………ぁ……』
「あ?」
『…………しね…』
「は?」
電話が切れた。
「あ、こいつ!この、ふざけやがって!」
私は受話器を放り投げた。もう頭にきた。私は電話線を引っこ抜いた。とりあえず明日の朝まではこのままにしよう。言いたいことだけ言って切るのも、いきなり人に死ねというのも、こんな深夜にそんな単純な嫌がらせをするのも全てが腹立たしい。怒りが収まらないまま、ソファーに乱暴に腰かける。はあ、コーヒーでも飲んで落ち着こう。そう思ってコーヒーのボトルを手に取った時、また電話が鳴った。
「おいおい、マジか」
ボトルを机の上に戻す。黒電話が鳴っている。電話線につながっていないのに。
もちろん、無線接続しているなんてオチは無い。つながるはずのない電話が鳴っている。
さて、どうやら変なものに目をつけられたらしい。冷汗が背筋を伝う。
電話が鳴っている。
チカチカと点滅していた蛍光灯が突然消えた。
電話が鳴っている。
時刻はそろそろ3時半に差し掛かろうとしていた。
電話が鳴っている。
私は大きくため息を吐く。最近こんなことばっかりだ。
電話が鳴っている。
電話が鳴っている。
電話が鳴っている。
電話が鳴っている。
電話が鳴っている。
私は受話器を取った。
先ほどと同じ雑音と沈黙。だが、確かに繋がっている。一体どこに?
『……………うしろ』ぼそっと呟くような声が受話器から聞こえた。
毛が逆立つような感覚。急いで振り向くが、誰もいない。一瞬の安堵。
だが、次の瞬間、受話器を押し当てている耳とは反対側から同じ声で
「 し ね 」
と耳元で言われた。
そこで私の記憶は途切れた。
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