御狐様オーバーライド!(短編版)

浅川さん

鳴り止まない電話(全16話)

第零話_プロローグ

 電話が鳴っていた。


 東京の郊外にあるちょっとしたオフィス街。その一角にある薄暗い雑居ビルの一室。蛍光灯は長年交換されていないようで、チカチカと点滅している。窓の外は手を伸ばせば手が届く距離に隣のビル。そんな少し埃っぽいビルの一室で、一人の女性が寝ていた。ここが彼女の仕事場であり、家だった。

 彼女は黒い皮のソファに横たわり、タオルケットに包まっている。近くにはスマホが落ちていて、どうやら画面を見ているうちに寝落ちしたようだ。


 電話は鳴り続けている。


 だが、女性は起きる気配がない。身動き一つせず、大口を開けて眠っていた。


 電話は鳴り続けている。


 今時珍しい黒電話。特に手入れはされていない。リサイクルショップで500円で買ってきたものだ。これを選んだ理由は安いから。ちなみに名前があり、「黒豆」という。


 電話は鳴り続けている。

 電話は鳴り続けている。

 電話は鳴り続けている。

 電話は鳴り続けている。

 電話は鳴り


「いい加減諦めろー!!!!」

 流石にうるさかったのだろう。ソファーで寝ていた女性は飛び起きて黒電話の受話器を手に取ると、そのままフックスイッチに叩きつけた。その衝撃でだろうか。どこかで皿が割れるような音がした。鳴り続けていた電話はようやく沈黙した。

「はあ、最悪の目覚めだ。二度寝する気にもなれないわ」

 文句を言って彼女は美しい金髪の頭をぼりぼりとかきながら立ち上がり、少しよろけながら簡易的なキッチンに向かう。キッチンには単身者用の冷蔵庫と電子レンジが置かれている。コンロは無いので火を使う調理はできない。流し台には使用済みの食器が洗われないまま積み重なっている。そろそろ一週間分溜まるので洗い物もしなければならないと思ったが、こんな時間から洗い物をする気にはなれなかったので、彼女は見ぬふりをした。

 冷蔵庫を開けると、中にはブラックコーヒーのペットボトルが山ほど入っていた。というかそれしか入っていない。そのうちの一本を取り出すと豪快に飲む。冷たいコーヒーが寝起きの体に染み込む。半分ほど一気に飲み干したころには表情が変わっていた。

「はぁあぁ、やっぱカフェインは最高。染み渡るぅ~」

 彼女はカフェイン中毒者だった。カフェインを摂取すると頭が冴えるし、頭痛も消える。彼女の血肉はブラックコーヒーでできている。一息ついた彼女はペットボトルを持ってソファーに腰かけたその時だった。


 再び電話が鳴った。


 彼女は黒電話の方を見る。

 そして壁にかかっている時計の時間を確認する。3時21分。午前3時。深夜だ。しかし電話は鳴り続けている。

「これは…なんか面倒なことになってそうだね……」

 少し待ってみたが電話が切れる様子はない。ため息を吐いて、少し諦めたような、疲れたような表情で彼女は受話器をとった。

「はい、アマテラスシステムの仙狐でーす」

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