あなたと二人、卒業式の屋上で。
◆◆◇◇
卒業式の日。
屋上で一人、
月緋虎:よく晴れてやがんなぁ。旅立つには良い日和ってやつか。……ぁあ?
軋む鉄扉を押し開いて
龍佳:こんなところにいましたか、錦島月緋虎。
月緋虎:……日生龍佳。
龍佳:言っておきますけれど、屋上は一般生徒の立ち入りが禁止されているんですよ。
月緋虎:んなもん俺には関係ねぇよ。だったらおめぇこそなんでこんなところにいんだよって話だ。えぇ? 生徒会長さんよぉ?
龍佳:
月緋虎:あっそ。んで、卒業式どうしたよ。
龍佳:この胸のコサージュを見て分かりませんか? さっき出てきたところです。
月緋虎:そいつは式に出てきたのか、式を出てきたのかで変わってくると思うけどよ。
龍佳:ふふ、どっちでしょう?
月緋虎:まさかサボりかぁ? 優等生。
龍佳:それも今日までです。
月緋虎:やれやれ、下が随分騒がしいと思ったら、探してたのお前かよ。
龍佳:ええ、校内に侵入した不審者ではなく。
月緋虎:不審者? おいおい、そんなのが居るのかよ、物騒だなぁ。えぇ?
龍佳:ええ、物騒な方がお一人。
月緋虎:まぁ卒業式だしな。
龍佳:卒業式ですから。
月緋虎:そういえばよ、お前、読むんじゃなかったのか、あれ。
龍佳:あれとは?
月緋虎:答辞、だっけ。
月緋虎:「俺達は! 豚箱出るわ、今日この日。世話んなったな、あばよセンコー」みたいな。
龍佳:どうして七五調なのか気になるところですが、まぁ概ねそれで合っていますね。
月緋虎:適当こくなよ生徒会長。
龍佳:ふふ。
月緋虎:そんで、反応はどうだった?
龍佳:さぁ。
月緋虎:さぁって、まさかお前読んでねぇのか?
龍佳:ふふ、どうしたと思います?
月緋虎:いや、生徒会長の仕事じゃねぇのか? 答辞考えろって
龍佳:確かに言いましたけれど、何故見ているんですか?
月緋虎:…………たまたまだよ。
龍佳:そう。ですが、義理は通しました。
月緋虎:義理だぁ?
龍佳:新田先生のご要望に応え、答辞は考えましたもの。
月緋虎:考えてどうした?
龍佳:「読め」とは言われておりませんので。
月緋虎:とんちかよ。それで?
龍佳:美野原くんに託しました。
月緋虎:いや、二年だろ美野原。お前何したんだよ。
龍佳:生徒会室に呼び出して「実は美野原くんに秘密のお願いがあるのですが、聞いてくださいます?」って言ったら、何も聞かずに快く引き受けてくださいました。ふふ、
月緋虎:お前……。
龍佳:やはり持つべき者は使える駒……後輩ですね。
月緋虎:駒っつった?
龍佳:ええもちろん。
月緋虎:肯定するのな。でも、そいつ確か送辞も読むんじゃなかったっけ? 二役にならねぇか?
龍佳:美野原くんを侮らないでください。あの子なら平気です。
月緋虎:何だその信頼。根拠は?
龍佳:だって彼、演劇部員ですから。
月緋虎:なにそれウケる。
龍佳:空前絶後の生徒会長渾身の一人二役を見せられる会場を想像すれば、もっと笑えますよ?
月緋虎:ははは、いや、お前、何してんだよマジで。
龍佳:出来ればサプライズを用意して欲しい。と新田先生に頼まれていたものですから、多分、彼女が責任をとってくれることでしょう。
月緋虎:言ってたな。でも流石にクビ飛ばね?
龍佳:先生最近忙しくて休めてないんだぁ。と仰っていましたから、むしろ丁度良いのではありません?
月緋虎:鬼かてめぇ。
龍佳:しかし錦島さん。
月緋虎:あぁ? 何だ。
龍佳:何故知ってるんです?
月緋虎:…………たまたまだよ。
龍佳:そうですか。
月緋虎:でも良いのかよ、偉い人とか来てんだろ? 例えばお前の親父とか。
龍佳:……お父様、ええ来ておられますね。
月緋虎:保護者枠じゃなくて、来賓だもんな。
龍佳:…………。
月緋虎:さすが、良いとこのお嬢は違ぇよな。
龍佳:そう、思います?
月緋虎:ああ。いけ好かねぇ。
龍佳:そう、
月緋虎:大事な式典ほっぽり出して、後で怒られるんじゃねぇの?
龍佳:問題ありません。
月緋虎:どうしてだ?
龍佳:あの人は地元の名士として呼ばれたのであって、親としては来ておりません。ですから、子として怒られる筋合いなんて無いのです。
月緋虎:っは、下らねぇ親子喧嘩に巻き込まれるこの学校と生徒一同に俺は同情するね。
龍佳:折角の卒業式を台無しにしてすみません、錦島さん。
月緋虎:あ? 俺に言ってる?
龍佳:ええ。
月緋虎:いんだよ、俺は別に。一足先に卒業してるから――
龍佳:退学。なんですってね、錦島さん。
月緋虎:なんだ、知ってたのかよ。そ。退学。
龍佳:どうして。
月緋虎:偉そうなハゲぶん殴って。
龍佳:
月緋虎:
龍佳:すみません、私の力不足で。
月緋虎:謝んなうるせぇ。お前には関係ねぇよ、元・生徒会長。
龍佳:ですが、
月緋虎:それに俺は後悔なんかしちゃいねぇ。この心は頭上に広がる空のように晴れやかに澄み渡っている、ってな。
龍佳:それは本当ですか?
月緋虎:おう、俺は嘘つかねぇって決めてんだよ。
龍佳:そうですか。ならば、あとも三十分すれば大雨ですね。
月緋虎:はぁ? なんだと。
龍佳:風向きと湿度、それに雨雲レーダーを見て推測しました。……ふふっ、ふふふ。
月緋虎:笑うんじゃねぇよボケが!
龍佳:いえ、失礼。馬鹿にするつもりはありません、少ししか。
月緋虎:してんじゃねぇか。うるせぇな、俺は別に何とも思ってねぇんだよ。
龍佳:でしたら、なぜ卒業式の日にこんなところへ?
月緋虎:うっせぇな、ちょっと散歩だよ。
龍佳:当たり前ですが、屋上はもとより学校はそもそも関係者以外立ち入り禁止ですよ、不審者さん?
月緋虎:はっ。そりゃ、お前だってそうだろ。少なくとも屋上は立ち入り禁止で、お前の持ち場は下だろ? それとも煙草でも吸いに来たか? 元・生徒会長。
龍佳:こんなところでヤニなんて吸いませんよ。あなたじゃあるまいし。
月緋虎:俺も煙草はやらねぇわ。なんでちょっと吸いそうな奴の言い方なんだよ。まさか。
龍佳:ふふ、ちょっと、捜し物をしていたら道に迷っただけです。
月緋虎:なんだ? 迷子か。
龍佳:そうですわ、って言ったら?
月緋虎:おいおい、ここを誰より知ってる生徒会長サマが? 笑えねぇな?
龍佳:えぇ、でも捜し物は、迷子は無事に見つけましたから安心してください。
月緋虎:あん?
龍佳:違いますね。んんっ、もう大丈夫だよ、ボク?
月緋虎:……てめぇ。
龍佳:なにかなぁ、迷子のボク?
間。
月緋虎:ははっ! 面白ぇ冗談言えるようになったな堅物。
龍佳:お褒めにあずかり光栄ですわ軟弱者。
月緋虎:随分な言い種だが、そんで? 俺に何の用だ。大事な大事な晴れ舞台ふいにしてまで来たんだ。もしかして、愛の告白か?
龍佳:そうです。
月緋虎:あぁ?
龍佳:それ以外に何がありますか? 厳かで退屈な式典なんかより、ここであなたに会うことの方が大事ですもの。
月緋虎:おいおい、そんな顔で言われたら俺だってマジになっちまうぜ、良いのかよ?
龍佳:ふふ、どう思います?
月緋虎:あぁ、望むところって感じだな。
龍佳:分かっておられるようで結構。
月緋虎:あぁいいぜ。じゃあ、聞いてやるよ生徒会長。
龍佳:……私は、ずっとあなたのことを思っておりました。
月緋虎:いつからだよ?
龍佳:あれは桜舞い散る入学式のこと。
月緋虎:入学式?
龍佳:あなたが私に下さった拳の味は忘れられません。
月緋虎:あぁ、あったなそんなこと。
龍佳:私の生涯で初めての経験でした。
月緋虎:懐かしい。
龍佳:あぁ、なんという、理不尽な暴力。
月緋虎:けど、あれはお前がいけねんだぜ?
龍佳:私はあの日、お馬鹿なことに醜い喧嘩をしている二人の男子生徒の仲裁に入ろうとしただけでしたのに。
月緋虎:よく言うぜ、あんな大勢の中で恥かかせるんだもんな。そりゃ思春期の俺だ。ついカッとなって腹パンしてお前をゲロまみれにしちまうのも仕方ねぇことよ。
龍佳:乙女の鳩尾を普通殴ります?
月緋虎:乙女は普通殴られたくらいじゃ公衆の面前でゲロ吐かねぇよ。
龍佳:えぇ、あの日私は汚されてしまった。
月緋虎:元からだろゲロ女。俺もあの日お前が言った台詞思い出したわ。
龍佳:(同時に)「暴力を振るうなんて、野蛮なお猿さんのすることですわ! 反省してくださいませ!」
月緋虎:(同時に)「暴力を振るうなんて、野蛮なお猿さんのすることですわ! 反省してくださいませ!」
月緋虎:今でもそう思うか?
龍佳:えぇ、こうして改めてあなたの顔を見ていると、これまでよりもなおはっきりと。おまけに吐き気を催してきます。
月緋虎:おいおい、思い出しゲロか? 勘弁してくれよ。
龍佳:もう、酷い言い種ですね。
月緋虎:そんな怒んなって、ブスが際立つぜ?
龍佳:別に怒ってなどおりませんよ。
月緋虎:何?
龍佳:寧ろ感謝しています。あなたを思うとこの胸は熱く激しく高鳴って、狂おしいほどの思いを訴えるのですから。
月緋虎:へぇ? なんでだ? ドMなのか?
龍佳:いいえ。ただ、所詮、あの頃の私はケツの青いガキに過ぎなかったということです。
月緋虎:今では立派にケツ真っ赤にした野蛮なお猿さんだもんな。ストリート・アマゾネス。
龍佳:なんだ、知ってらしたんですね。
月緋虎:当たり前だろ。ここらで強ぇ奴のことは自然に耳に入ってくる。お前だろ、夜な夜な近所のチンピラにストリートファイトふっかけるやべぇ女ってのは。
龍佳:あら、お恥ずかしい。
月緋虎:照れんなよ、俺にもそんな頃があったぜ。
龍佳:ええ、存じております。この三年間、来る日も来る日も、朝となく夜となく、テスト期間中でも入試の最中もずーっとあなたのことばかり考えてきましたから。あなたがどんなものを食べ、どんなところを歩き、どんな風に何を考え、どれだけの敵をどのようにぶん殴ってきたのか。観察、研究、実践、研鑽実戦考察、実戦実戦実戦実戦実戦。闘争本能と克己心に身を委ね、夜の街を渡り歩いてきたのです。
月緋虎:とんでもねぇ不良娘だな。親父さん泣くぜ?
龍佳:そんなもの殴って泣き止ませれば良いんですよ。
月緋虎:うっわ……。
龍佳:それも全てはあなたを見事ぶちのめして、あの時の雪辱を晴らす為。いいえ、ただ目の前に立ちふさがる壁をぶち壊すため。
月緋虎:はっ! おもしれぇじゃねぇか。夢見る乙女って感じだ。そんで、夢ってのは叶わねぇもんだ。お前じゃ俺には敵わねえよ、日生。
龍佳:では、私があなたの大層な夢を覚まして、見事現実に連れ戻してさしあげましょう。
月緋虎:へぇ、キスか? 惚れちまうなぁ。
龍佳:えぇ、地面とのキスで。
月緋虎:っは。言うじゃねぇか。
龍佳:この三年越しのデートのお誘い、受けて頂けますか?
月緋虎:嫌だと言ったら?
龍佳:有無を言わさずぶっ殺す。
月緋虎:恐ぇ恐ぇ。
龍佳:では、よろしいですね?
月緋虎:もちろんいいぜ。断る理由がない。
龍佳:その言葉を待っておりました。
月緋虎:あー、じゃあ、折角だしなんか賭けようぜ。
龍佳:命ですか?
月緋虎:はぁ? そんなもん前提だろ。白けるぜ、お嬢。
龍佳:では、お金? こちらはいくらでも払えますが、無理をしてはいけませんよ?
月緋虎:あぁ? 何してでも払うに決まってんだろうが。約束は曲げねぇ。
龍佳:良い心がけですね。では、いくら賭けます?
月緋虎:待てよ、別にお前は金なんて貰っても嬉しくねぇだろ?
龍佳:えぇ。まぁ。
月緋虎:じゃ、負けた方は勝った方の言うこと何でも聞く。
龍佳:何でも?
月緋虎:エロいこともありだ。
龍佳:最低ですね。
月緋虎:ははっ、分かりやすくていいだろ?
龍佳:ええ。ルールは?
月緋虎:ルールがいるのか?
龍佳:死ぬまで殴ったら賭けの意味がなくなるでしょう?
月緋虎:それもそうか。だったら、お前の胸のそれ。
龍佳:コサージュ?
月緋虎:そいつをとったら終わり。
龍佳:つまり。
月緋虎:先に花を奪ったチキンが敗者。
龍佳:ひねくれてますね。
月緋虎:花を持たせてこその卒業式だろ?
龍佳:それだと、気を失った場合手詰まりな気がしますが。
月緋虎:細けぇ事はいいんだよ。その時はキスでもしてやる。
龍佳:私はしませんが。それにあなたの分のコサージュは?
月緋虎:おっと、いけねぇ。忘れてたぜ。
龍佳:ありませんか? 仕方ないので、貰ってきましょうか?
月緋虎:じゃーん。
月緋虎、ポケットからくしゃくしゃのコサージュを取り出す。
龍佳:……どうして持ってるんです?
月緋虎:さぁな、卒業式だからじゃね?
龍佳:そんな適当な。はじめからこの展開を予定していたのでしょう?
月緋虎:はは、どうだと思う?
龍佳:ふふ。これが私達の卒業式というわけですね。
月緋虎:そういうこと。しっかしよく晴れてやがんなぁ。
龍佳:もうすぐ大雨が来ますが。
月緋虎:闘うには良い日和だな。
龍佳:ふふっ、ええ。
月緋虎:さ。やろうぜ。たっぷり愛してやるからかかってこいよお嬢。
龍佳:それは此方の台詞です! チンピラさん!
二人向かい合い、構えをとる。
龍佳:卒業生代表、元・生徒会長、日生龍佳!
月緋虎:退学者代表、錦島月緋虎!
龍佳:この日、
月緋虎:俺達、
龍佳:私達は、
月緋虎:この学校を、
龍佳:高校生活を、
月緋虎:お前との因縁を、
龍佳:月緋虎ぉぉ!
月緋虎:龍佳ぁぁ!!
龍佳:(同時に)卒業します!
月緋虎:(同時に)卒業する!
テーマ――卒業。 音佐りんご。 @ringo_otosa
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