テーマ――卒業。
音佐りんご。
君と二人、卒業式の保健室で。
◆◆◇◇
卒業式の保健室。
カーテンを隔てて二つ並んだベッドの上に、
雪哉:もうすぐ終わりますかね、卒業式。
晴乃:……あのさ、お前なんて呼ばれてるか知ってる?
雪哉:え、何ですか、いきなり。
晴乃:保健室の座敷わらしだぜ?
雪哉:……今日までですが。
晴乃:拗ねんなよ、可愛いじゃん。
雪哉:座敷わらしが? 妖怪でしょ。
晴乃:えー、妖怪かわいくね? あたし好きだけどな。雪女とか。
雪哉:そうですか、変わってますね。悪女でしょ。
晴乃:おやぁ? 座敷わらしくんは良い女が分かるってか? それってあたし?
雪哉:……知りませんが。
晴乃:へへ、照れてんやんの。かわい。
雪哉:……ほっといて下さい。
晴乃:でも、まさか卒業式まで保健室にいるとか思わないじゃん。そりゃ言われるって、座敷わらしとか。
雪哉:仕方ないじゃないですか……。
晴乃:えぇ、何? 今日も体調悪いの? そうだ、味噌汁作ってあげよっか?
雪哉:遠慮しときます。怒られますよ、佐々木部先生に。
晴乃:病人なんだから遠慮はいらねぇって。
雪哉:病人なんだから遠慮して下さい。
晴乃:いや、あたしのことは別にいんだよ。そんなんじゃねぇから。
雪哉:じゃあ、こんな日の、こんなところに、何しに来たんですか。わざわざ。
晴乃:はぁ、見て分かんだろ? 言わせんな。
雪哉:ベッドでくつろいでサボってるようにしか見えませんが。どうしてそんなシーツくしゃくしゃにしてるんですかこの短時間で。
晴乃:うっせーな、あんまじろじろ見んなよえっち。お前は佐々木部か。
雪哉:良くないですよ、呼び捨て。
晴乃:はいはい。せんせーせんせー。
雪哉:それに今の感じだと佐々木部先生がその、えっち、みたいじゃないですか。
晴乃:あ? 佐々木部はえっちだろ。何を今更。
雪哉:いや、えっと……。じゃなくて、何しに来たんですか、竹川さん。
晴乃:晴乃で良いって言ってんだろ、座敷わらし。
雪哉:じゃあ、平松って呼んで下さいよ、座敷わらしじゃなくて。
晴乃:は? やだ。
雪哉:なんで、
晴乃:可愛いじゃん。
雪哉:か、可愛いって……。
晴乃:あと、アレだ。こんなハレの日にまで保健室ボッチキメてるお前に会いに来てやったんだよ。あまりに可哀想だから。あたしやっさしー。
雪哉:体育館で倒れたんでしょう? 大丈夫、なんですか?
晴乃:……んだよ、知ってんのか。佐々木部のやろうチクりやがったな。
雪哉:佐々木部先生。
晴乃:はいはい。せんせーせんせー。
雪哉:そりゃ、同級生が意識失って運ばれてきたら気にしますよ。
晴乃:同級生、か。
雪哉:え?
晴乃:心配だった? あたしのこと。
雪哉:当たり前じゃないですか。
晴乃:ふふ。
雪哉:あんなに真っ白な竹川さんみたの初めてですし。
晴乃:お前ぶっ殺すぞ! 誰が焦げパンだ!
雪哉:あ。血色、良くなりましたね。
晴乃:うるせぇ! どうせあたしは綺麗じゃねぇよ。
雪哉:いや、綺麗だと思いますよ。
晴乃:んなっ! うっせ! 馬鹿!
雪哉:えぇ……?
晴乃:……がぁぁ、頭痛ぇ……。
雪哉:……体調悪いのに無理するからですよ。
晴乃:なら怒らせんなよ。座敷わらし。
雪哉:す、すみません。
間。
雪哉:もうすぐ終わりますかね、卒業式。
晴乃:……さぁ、まだまだ続くんじゃね。あたしが倒れたの校長の挨拶だし。
雪哉:あー、ほんと最初ですね。
晴乃:お前はもっと前から?
雪哉:七時半から。
晴乃:はっや。馬鹿じゃん。
雪哉:ええ、馬鹿です。
晴乃:ふぅん。やっぱ無理?
雪哉:ええ、駄目でした。
晴乃:そっか。どんまい。
雪哉:竹川さんも。
晴乃:あたしは、……良いんだよ。
雪哉:でも、今日結構気合い入れてたんでしょ?
晴乃:は? なんで分かんの?
雪哉:そりゃ分かりますよ。
晴乃:もしかして、見た?
雪哉:何をですか?
晴乃:あたしのパンツ。
雪哉:は、はぁ!?
晴乃:っぷ、お前、何慌ててんの、ふふ、やっべ冗談じゃん、マジウケる。
雪哉:はぁ……。
晴乃:確かにパンツには気合い入れてっけど。
雪哉:え?
晴乃:いや、冗談じゃん。
雪哉:もう……!
晴乃:怒んなよ、いつもより顔色良いぜ?
雪哉:あ、
晴乃:お返し。
雪哉:すみません。
晴乃:良いってことよ。
雪哉:それで、今日はどうしたんですか?
晴乃:なにが?
雪哉:寝不足、ですよね?
晴乃:ああ、ちょっとな。
雪哉:体に良くないですよ。あと、お肌とか。
晴乃:ほんとそれな。でも仕方ねぇだろ、忙しかったんだよ、昨日。
雪哉:何してたんですか?
晴乃:仕事。
雪哉:仕事? お父さんの手伝いですか?
晴乃:そそ。親父の手伝いしてて寝てねんだよ。ありえんくない? 納期明日とかでよ。あぁー、マジねみい……。
雪哉:大丈夫なんですか?
晴乃:大丈夫じゃねぇわ、倒れたわ。
雪哉:あ。
晴乃:あんのハゲ。予定空けるために娘手伝わしてよ、アホか。どんだけうれしんだよ、卒業式ごときで。
雪哉:…………。
晴乃:あたしが倒れてちゃほんと世話ねぇわ。コントか。
雪哉:ふふふ。
晴乃:あぁん? おい、てめなにニヤニヤしてんだよ座敷わらし。
雪哉:あ、いや、
晴乃:あたしのツラに文句でもあっか?
雪哉:お疲れだな、って……。
晴乃:見りゃ分かんだろうがよ、おら、目の下のクマ。っはぁ? 化粧してんのに全然隠れねぇわ畜生。マジ最悪なんですけど。
雪哉:化粧、してきたんですか?
晴乃:しねぇわけなくない? 今日卒業式だし。あーあ。今日ほんと最悪。はぁ……。
雪哉:……そうですね。
間。
雪哉:もうすぐ終わりますかね、卒業式。
晴乃:……あのさ、
雪哉:はい?
晴乃:二人きりだからって変な気起こすなよ?
雪哉:あ、えっと……。
晴乃:なんか、佐々木部戻ってこねぇし、一応。
雪哉:……はい。分かってますよ。
晴乃:……ま、あたしみたいなのに興味ねぇか、お前、陰キャだし。
雪哉:え?
晴乃:ていうか、顔あわせたくなくてずっとここにいんだもんな。
雪哉:何の、ことですか。
晴乃:残念だったな、最後の日まであたしなんかの面拝む羽目になって。しかもこんな酷いツラの時に、ほんと、最悪。
雪哉:そんなこと、ないですよ。
晴乃:何? とりま媚びとこうって?
雪哉:何、言ってるんですか、そんなつもりありませんよ。
晴乃:あっそ。それともアレ? 卒業式の日はみんな仲良し、みたいな気持ちわりいアレ?
雪哉:さっきから何なんですか、竹川さん。
晴乃:でも残念、卒業してもあたしあいつらのこと嫌いだし。マジ勘違いすんなよな。胸くそわりいから。
雪哉:……嫌いですか。
晴乃:何?
間。
雪哉:……僕の、こと。
晴乃:はぁ。…………別に嫌いでも、好きでもない、けど。
雪哉:そうですか。
晴乃:……ああ。
雪哉:良かった。
晴乃:……良かった?
雪哉:…………。
晴乃:…………。
雪哉:大丈夫ですか? 体調。
晴乃:……うん、
雪哉:良かった。
晴乃:……わり。
雪哉:……いえ。
晴乃:寝不足で、
雪哉:分かってますよ。
晴乃:なんかさ、
雪哉:はい。
晴乃:悔しくて。
雪哉:僕も。
晴乃:そっか。
雪哉:ええ、
晴乃:こんなところで何やってんだろ、あたし。
雪哉:こんなところで何やってんだろ、僕、
晴乃:え?
雪哉:って、思わないわけ無いじゃないですか。
晴乃:……まぁ、そう、だよな。
雪哉:今日だけじゃなくて、ずっと、ずっと。
晴乃:分かってる。
雪哉:……あ、
晴乃:どうした?
雪哉:天気、崩れてきましたね。
晴乃:ほんとだ。今朝、洗濯干してきたのに。
間。
雪哉:もうすぐ終わりますかね、卒業式。
晴乃:…………。
雪哉:竹川さん。
晴乃:考えたんだけどさ。
雪哉:何をですか?
晴乃:助かったなって。
雪哉:え?
晴乃:ここで、たまに勉強教えてくれてたの。
雪哉:ああ。
晴乃:居てくれて、ありがとな。マジで、心から。
雪哉:は……?
晴乃:なんだよ、その顔。あたしでも礼くらい言えるわ。
雪哉:珍しいなって。
晴乃:バカにしてんのか。
雪哉:えっと。
晴乃:いや、バカだけどさ。あたし。
雪哉:そんなことは。
晴乃:だから、こんなとこで何やってたかっていうと、あたしの面倒見てた。それって立派じゃね? すげぇわ。マジ。
雪哉:僕なんて、全然……。
晴乃:お前も大変だよな、賢いのにあんなカスどものせいでこんなとこ押し込められてさ。
雪哉:こんなとこ、なんて思ってないですよ。
晴乃:ええ、さっき言ってたじゃん。
雪哉:アレは弾みで。
晴乃:いや、心の中で思ってんじゃんそれ。
雪哉:でも、こうしてみると結構、悪くないのかも。
晴乃:なんだよ、今気に入った? マジ?
雪哉:あっち行くよりは全然。
晴乃:ま、ここ静かだしな。
雪哉:そうですね。
晴乃:佐々木部はうるせぇけど。
雪哉:佐々木部先生。
晴乃:はいはい。せんせーせんせー。
雪哉:ふふ。
晴乃:あたしも好きかも。
雪哉:授業サボれたから?
晴乃:お前がいたから。
雪哉:え?
晴乃:あ。
雪哉:…………。
晴乃:…………。
雪哉:竹川さ――
晴乃:出たかったなぁ! 卒業式! お前もそう思うだろ!
雪哉:えっと、そうですね?
晴乃:そそ! あたしが見たかったのはこんな小汚ねぇカーテンじゃなくて、あの、ほら、赤と白のあれ!
雪哉:紅白幕?
晴乃:それ! あたし、ちょろっと見て、んでぶっ倒れたから、なんか雰囲気とかそーいうの感じてないんよね。
雪哉:でも、もうすぐ終わるんじゃ無いですか、卒業式。
晴乃:うーん……あ! そうじゃん!
雪哉:な、なんですか?
晴乃:あたし今から体育館行ってちょっとパクってくるよ!
雪哉:何をですか?
晴乃:決まってっしょ?
雪哉:もしかして、
晴乃:紅白幕!
雪哉:紅白幕!?
晴乃:ああ。
雪哉:そんなの何に使うんですか?
晴乃:あぁ? 言わなくても分かんだろ?
雪哉:怒られますよ?
晴乃:良いじゃん別に。
雪哉:なんで?
晴乃:やっぱ、こんな最後虚しいじゃん。今日何の日か分かってる?
雪哉:卒業式ですけど、
晴乃:な?
雪哉:な? じゃないですって。
晴乃:ヘーキヘーキ! 生徒指導のタツゴロウ、あいつ涙脆いから、あたしのアイデア泣きながら採用して、なんなら手伝ってくれっしょ! うっわ、あたし天才じゃね?
雪哉:タツゴロウって誰ですか?
晴乃:そりゃ山本だろ。
雪哉:山本先生。
晴乃:はいはい、せんせーせんせー。
雪哉:でも、ほんとに行くんですか? 卒業式、もう終わってるかも知れないのに。
晴乃:あぁ? まだ始まってすらいねぇだろ?
雪哉:いや、どういうこと?
晴乃:あいつらなんて関係ない、ここでやろうぜ!
雪哉:良いのかな?
晴乃:佐々木部も喜ぶぜ?
雪哉:佐々木部先生。
晴乃:はいはい、せんせーせんせー。……な? 世話になったんだろ? そういうケジメでもあるんじゃね?
雪哉:そう、かも知れないね。
晴乃:なら決まりだな。
雪哉:うん。
晴乃:おっけ。あたしが戻るまで良い子にしてろよ、座敷わらし……
雪哉:む……。
晴乃:じゃねぇや。えっと……雪哉。
雪哉:え、あ、うん。行ってらっしゃい……竹川さん。
晴乃:あぁ?
雪哉:……晴乃。
晴乃:ふふ。んじゃ、あたしは行ってくるから、お前はあれ、答辞でも考えとけよ。
雪哉:え、いるの? 答辞。
晴乃:当たり前だろ? 雰囲気でねぇじゃん。
雪哉:えー。無理だよ。
晴乃:いけるいける。
雪哉:気軽に言わないでよ。
晴乃:じゃあ、あたしがやる?
雪哉:それもありかもだけど。
晴乃:バーカ。無理だわ。雰囲気さえ出てれば適当でいんだよ。
雪哉:えー、雑。
晴乃:さぁ急いで考えろよ? もう始まるんだからな、
雪哉:(同時に)僕達の卒業式が。
晴乃:(同時に)あたし達の卒業式が。
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