第21話「日常への闖入者-2」

「グース!?」


 驚きのあまり思わず大きな声を出してしまう。慌てて周りを見渡し、わたくし達以外には誰もいないことを確認してほっと息を吐いた。


 教室の後ろ、窓際の一番端の席にグースは腰掛けていた。……いつもの不思議な服装ではなく、この学園の生徒が着るような軍服を身につけて。


「ちょ、ちょっと!あなたその格好は……というか、頭の角は……背中の翼は!?」


 慌ててわたくしはグースの元へ駆け寄り、足を組んで優雅に腰掛けている彼の姿を頭上から確認する。


「相変わらず騒がしいな。見てわからないか?この学園の生徒に合わせた格好をしているんだが」

「そ、そうなの……ではなくて!どうしてここにいるのよ!」


 服装だけではなく、グースを悪魔たらしめる頭の角や背中の翼までなくなっている。人間の姿に擬態したグースは、恐怖を抱くほど美貌が引き立っていた。


「今日から俺もこの学園に通うことになる。お前の前に姿を表すたびに人目を気にするのも面倒だからな」

「ど、どういうこと……!?グースもこの学園の生徒になるということかしら!?」

「だからそう言っているだろう。何度も言わせるな」


 グースの言葉は信じ難く、頭の中で意味を噛み砕けないままずっと巡っている。わたくしはあまりの混乱に「あ……」や「う……」と、言葉にならないような声を発することしかできなかった。そんなわたくしの姿を、呆れたように眉を潜めて見上げるグースが何かを言おうと口を開いた時――。



「あ、リリアンさん……それにグースも!おはようございます!」


 苛立ちを覚えるほどに明るい声で、一番会いたくない人物――ノアが教室へと入ってきた。

 ……“グースも”?今、ノアは確かにグースの名前を呼んだわよね?


「どんな話をしてたの?私も混ぜてくださいよ」

「……」


 ノアはグースの隣の席に腰を下ろし、鞄の中から教材を取り出しつつグースへ向かって微笑みかける。まるでグースがこの教室にいることが当たり前だとでも言うように。わたくしはそんなノアの様子を信じられない気持ちで眺めながら、ハッとしてグースへ目を向けた。

 グースはノアの問いかけには全く答えず、窓の外を眺めるように頬杖をついていた。ノアを視界に捉えることすら億劫とでも言いたげに、無言を貫いている。


 わたくしが唖然としているうちに時間が過ぎたのか、廊下から複数の足音が聞こえてくるようになった。そろそろ多くの生徒が登校してくるのでしょう。ここで立っていて余計な詮索をされるのも面倒に思ったわたくしは、グースに聞きたいことはたくさんあるけれど今は蓋をして、立ち去ることに決めた。



「……それじゃあグース、今日のお昼にまた続きを話しましょう」


 わたくしがグースにだけ聞こえる声の大きさでそう言うと、グースは視線を合わせないまま頬杖をついていた手をひらひらと人を追い払うように振って返事をした。

 人間の姿になっても変わらない無礼さに思わず口を出しそうになったけれど、ぐっと堪えてわたくしは自分の席へと戻ったのだった。

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