第12話「屈辱の舞踏会-5」
「すっ、すみません!ちょっと手紙の整理で手間取っておりまし……あ!?」
大量の紙の奥から慌てて出てきた男性はわたくしの姿を捉えると目を見開き、慌ててお辞儀をしようとしたのか勢いよく壁にゴンッと頭をぶつけた音がした。
「だ……大丈夫なの?」
「あ、はい!全然問題ございません!ご、ご令嬢が直接いらっしゃるとは思っておらず、出てくるのが大変遅れてしまい申し訳ありません!無礼をお許しください!」
わたくしよりは年上に見えるけれど若い印象の男性が、先ほどぶつけた額を手でさすりながらわたくしへ改めて一礼した。簡素な服は所々ほつれていて、短い髪も少し乱れている。
平民であることに違いはないけれど、学園勤めであればもう少ししっかりとした身なりであってもおかしくないはず。きっとこの時期だから寝る間も惜しんで働いているのね……。
「手紙の配達はあなたお一人でされているの?」
「え?あ、い……いえ。後もう2人ほどおりますが、今他の者は出ておりまして……。あ、でも手紙の分類の仕事は私が1人で行っておりますので、何かございましたらなんなりとお申し付けください!」
「そう。手紙の分類はあなた1人……他の方はどんな仕事を?」
「は、え……ええと、他の2人は伝書鳩に手紙を持たせて各所の配達員に手紙の配達通告を行ったり、帝都内であれば手紙を直接配達したり……ですかね。私は貧相なのでこうしてここで手紙を分類することしか能がないのですが……ははは」
あからさまに無理をするように笑っている男性の目元には、隈が浮かんでいるのが遠目でもはっきりとわかる。……こんな様子でちゃんと間違いなく手紙を届けられるのかしら……?わたくしは懐疑の目を男性に向けつつ、少し考えを巡らせた。
「……あなた、1人で全ての手紙を整理しているのよね?学園から送るものも、学園へ送られてくるものも」
「は、はい……そうですが……?」
「それなら誰かにやり方を教えるのも問題なくできるわね?」
「え?は……はい、ええと、一応ここの勝手はわかっていますので……?でも、教えるなんていったい誰に……まさかご令嬢が?!」
慌ただしい男性の様子にわたくしは「違うわ」と答えながら、一筆書くために紙と万年筆を貸してくれるようお願いした。彼は状況の飲み込めないような表情をしながらもわたくしの指示に従い、部屋の奥から取ってきたものをわたくしに手渡す。
「そういえばまだ聞いていなかったわね、あなた名前は?」
「え、あ……ルト、です。あの、私に何か不手際でも……」
「いいえ、そういうことではないから安心して。明日からあなたの仕事の手伝いを頼もうと思っているの」
「え?手伝いですか!?いや、でもどこの配達員も大忙しですし、大切なご令息ご令嬢のお手紙ですから妙な業者とかも使えませんし、そんな簡単には……」
わたくしの言葉にあからさまに動揺しているルトにわたくしは一笑して堂々と宣言した。
「この学園の生徒に手伝ってもらうのよ。学園に入学するためには身分がはっきりしていないといけないから妙なこともできないし、放課後の時間は自由だもの。丁度良いでしょう?」
ポカンと一瞬、放心したように固まったルトは言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかったのか、しばらくしてから急に喋り出した。
「いやいやいやいや……この学園の生徒って、貴族の方々ですよね……!?いくらなんでも私のような平民に何の利益もなく力をお貸しいただけるとは……」
「だから平民に手伝ってもらえばいいじゃない?この学園に通っている平民に。……それに、ちょっと事情のある貴族なんかも手を貸してくれるかもしれないわ」
わたくしはそう言いながら、身につけていた宝石があしらわれているピアスとネックレスを外し、それをルトへと手渡した。
「これを換金して手伝いに来た人への報酬にしたらいいわ。余った分はあなたの分け前にしても結構。しばらくはそれで何とかなるかしら?」
「こ、これ……換金したら一体いくらに……私の一年の働きよりはるかに高額ですよね……!?」
「それからわたくしの名前で一筆したためておいたから、学園から何か言われたらこれを見せるといいわ。一応、わたくしからも手紙を書いておくけれど。……あ、手伝いに来てくれる人員の募集については、学園の使用人に声をかけてもらうように伝えておくわね」
簡易的に書き留めた手紙をルトに渡し、ようやく本題に入れるとふっと息を吐き出して送ってもらう予定だった手紙を手にとった。
「この手紙を届けてもらえるかしら」
「は、はい……。え?“リリアン・ノーブル”様……!?」
「そうよ。しっかり遅れないようにお願いね」
驚きのあまりか声を出すことすらできずに固まっているルトの前に手紙を置き、用が済んだわたくしは自室への道を辿ってゆく。
学園の執事長に伝えておけば、きっと明日までには全員にそれとなく伝えてくれるはずよね。今晩にでも伝えに行こうかしら。
そんな風に舞踏会から離れたことを考えていると、沈みそうだった気持ちも幾分か良くなった気がした。
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