第11話「屈辱の舞踏会-4」

 翌朝、自室にて。


 今日は週末……授業も休みなため、いつにも増して静かな朝だった。わたくしは万年筆を手に机に向かっているけれど、しかしその手はなかなか動かない。


「……どうしようかしら。青……いいえ、赤色かしら……スパーク様は赤色のお召し物の印象よね。もう赤色のドレスでいいかしら……」


 舞踏会の衣装について、半ば投げやり気味に決定した事柄を便箋に書いていく。学園内にもドレスは置いてあるけれど、上級貴族ともなればこうして家へ手紙を書いて用意を頼むのが通例だった。ウェルター様と参加するのなら、しっかりペアルックでデザイナーに新しいものを製作してもらうつもりだったけれど、わたくしは今回は以前作ってもらっていたドレスで賄うことにした。


 作ったけれど着る機会のなかったドレスも多数あるし、日の目を見る良い機会でしょう。それに、婚約者ではない別の男性にエスコートされるのに新しいドレスを作ったら、まるでわたくしが心待ちにしているみたいになってしまうじゃない。

ウェルター様に誤解されそうなことは、できるだけしたくなかった。


「赤色のドレスと……エメラルドのピアス、はやめましょう。シルバーのネックレスがいいわね」


 ウェルター様とノアは“緑色の薔薇“を合わせてくるはずだから、わたくしは緑色の装飾を今回は外すことにした。代わりにスパーク様の髪色に合わせた輝きの少ない銀のネックレスを用意するように手紙に書く。


 偶然でしょうけど、スパーク様はわたくしの瞳の色と同じ赤色の華美な軍服を着ていることが多いので、今回もきっとそういった正装でエスコートしてくださるはず。そう高を括って、わたくしは今し方完成させた手紙を封筒に入れ、封筒の開け口に丁寧に蝋を垂らして印を押して封をした。


「よし、完成ね。早速渡しに行こうかしら」


 わたくしは完成した手紙を持って椅子から立ち上がる。学園内に手紙の配達を請け負ってくれる人間が常駐しているので、早めに渡しておくことにした。この時期は舞踏会を間近に控えていることもあって、手紙を送る貴族が多いので早く出しておかないと配達が遅れてしまうかもしれない。

もちろん貴族相手に雑な仕事をする人間はこの学園にはいないと信じているけれど、それでも事前に動いておくことに越したことはないと考えながらわたくしは部屋を出た。



 休日なので部屋から出ても人気はなく、時たま外から聞こえる鳥のさえずりが廊下に響いているだけだった。コツコツと、わたくしがヒールで大理石の床を叩く音がそんな廊下の静寂を切り裂いていく。休日に急ぐ必要もないわたくしは、優雅に目的地へと歩みを進める。





 かろうじて顔が出せる程度に開いている、壁にできた正方形の枠の中へ向かってわたくしは言葉をかける。枠の奥を覗き見ると、何やら手紙と思しき紙がたくさん積み上げられていて、人がいるかどうかはよく見えない。


「あの、いらっしゃるかしら?手紙の配達をお願いしたいのだけれど」


 しばらく待ってみたけれど応答がないので、わたくしは今度は枠のすぐ隣の壁をコンコンとノックしながら「いらっしゃらないの?」と再び声をかける。


すると、何やら奥の方からドタドタと慌ただしい音がした後「今!ただいま参ります!!」と若い男性の焦ったような声が聞こえてきた。

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