第6話「不穏へ誘う-4」

 翌日、計画実行の日――。


 昨日に引き続き、わたくしは授業が始まるよりもずっと前に登校していた。ウェルター様の異母兄弟である第二皇子……スパーク様の机に、わたくしが偽造した『ノアからの手紙』を入れるために。スパーク様は、ウェルター様やわたくしとは違うクラスであるため、教室の場所も少し離れた場所にある。わたくしは誰にも見つからないように物陰に隠れながら廊下を進み、突き当たりにあるスパーク様のクラスである教室をそっと覗いた。


 まだ誰も登校していないようで、教室の中に人影などは見当たらない。……今ならいけそうね。



「スパーク様の机は……確かここだったわね」


 わたくしはそっと教室へ足を踏み入れ、持ってきた手紙を教室の真ん中、一番前の列の机の中へと差し込む。この学園の机の並びは、貴族の階級で分けられている。上級貴族が一番前の列、中級貴族、下級貴族と席は後ろになり、そして平民は一番後ろの列。ウェルター様やスパーク様はこの帝国の皇子であるため、一番前の席の真ん中……先生方の視界に入る席が指定されている。


「よし、完璧ね。誰か来る前にさっさと戻らなくちゃ」


 わたくしは注意深く周りを確認しながら、早足で自分の教室へと向かった。今日こそ……今日こそあの憎き女――ノアを痛い目に合わせることができる。その喜びに胸を躍らせながら。





 わたくしのクラスである教室に入ると、すでにノアが席についていた。遠目にノアの姿を見ながら、何でもない風を装ってわたくしは席に着く。いつもならノアに「ウェルター様に近づかないでくださる?」なんて忠告をしに行くのだけれど、今日だけは勘弁してあげましょう。わたくしの計画が予定通り進めば、今日中にでもノアは痛い目に遭うのだから!


 ノアの慌てふためく姿を想像して緩む口元を手で隠しながら、わたくしは1限目の授業である数学の教科書を机に出したのだった。





「……おかしいわね。どうしてスパーク様は何もなさらないのかしら……?」


 その日の放課後の中庭――、いつものようにベンチに座ったわたくしは、首を傾げて考え込んでいた。

 今日1日ずっとノアの様子を確認していたけれど、相変わらずウェルター様にベタベタしていたし、表情や行動に変わりもなかった。……おかしいわ、わたくしの計画が実行されていれば、絶対に普通でいられるはずがないのに。


 まさか、スパーク様が手紙を見ていない……?


 いいえ、それもおかしな話よ。だって授業を受けるのに机の中を確認しないなんてこと、あの神経質なスパーク様に限ってあるわけないもの。ましてスパーク様は第二皇子なのだから、机に変なものが仕込まれていないか絶対に毎日確認しているはずだわ。スパーク様は、どうしてノアに話をしなかったのかしら……。


 「んん……」


 考えても答えの出てこないことに、わたくしは難しい顔で唸ることしかできなかった。この様子だと、また新たな手を考えなくてはいけない。そう思うとより一層頭が痛くなってくるわね……。手のひらで頭を軽く押さえて、溜息をひとつ吐いた。



「リリアンさん」


 思いがけない声に驚いたわたくしは、転ぶような勢いで立ち上がって振り返る。……そこには、わたくしが今朝しのばせた手紙を手に持った第二皇子――スパーク様が立っていた。スパーク様はゆっくりと優雅な動きで腕を組み、触れ合ってしまいそうなほど近くまでわたくしに体を寄せた。有無を言わせないような迫力のスパーク様に、わたくしは動揺が悟られないように笑顔を作って対応した。


「あら、スパーク様。ご機嫌よう。……わたくしにご用でしょうか?」


 ドレスの裾をきゅっとつまみ、淑女らしく挨拶をしようとしたわたくしの頭上に、わたくしの声を遮るようにスパーク様が言う。


「この手紙、書いたのはきみでしょ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る