第5話「不穏へ誘う-3」

「……よし、完成ね」


 書き終わった手紙を封筒に入れ、蝋を垂らして丁寧に印を押した。封蝋が乾いたことを確認してから、封筒の右下に「ノアより。愛を込めて」と憎い女の名前を書き加える。


 ふー、と深く息を吐き出しながら、椅子の背にもたれかかる。体のコリをほぐすように腕を伸ばしてから、完成した手紙を手に取った。……うん、完璧と言っても過言ではない出来だわ……。達成感に胸の高鳴りを感じながら、わたくしは明日の自分の行動をイメージした。この手紙を第二皇子であるスパーク様の机にバレないように入れることさえできれば、わたくしの計画は達成されるはず。



「本当に成功すると思うか?」

「きゃあ!?」



 わたくし以外はいないはずの密室の部屋から突然聞こえた声に驚き、わたくしは思わず椅子から立ち上がる。とっさに声のする方を振り返れば、そこにはわたくしのベッドで優雅にくつろぐ美しい悪魔の姿があった。


「ちょっと!レディの部屋に無断で入るのは最低最悪よ!?ましてこんな夜に……あ、わたくしのベッドに勝手に寝転ばないでくださる!?」


「本当に賑やかな女だな……」

「あなたが口にすべき言葉は、まずは謝罪ではなくて!?」


「ハイハイ。それよりその手紙、本当にうまくいくと思ってるのか?」


「……うまくいくと思っているから、こうして実行してるんじゃない……!そんな当たり前のことを聞くために、わざわざこうして不法侵入したのかしら?」


 わたくしは高貴なレディだから、会うたびに無礼さを増している悪魔の態度と言動には目を瞑って差し上げて、何の用でやってきたのか彼に尋ねることにした。悪魔は上体を起こすと、優雅に足を組んで楽しげにわたくしを見上げる。どの角度から見ても美しいなんて、悪魔は人間にとって魅力を感じるような姿に変身でもできるのかしら。


「……いいや。そういえばお前にまだ俺の名前を名乗っていなかったと思ってな。悪魔に願いを告げるときは、ちゃんと悪魔の名前を呼ばないと意味がないからな」


「あ、そういえば名前……悪魔にも名前があるのね?悪魔ってあなただけじゃないの?」


「はあ……アホには説明するだけ無駄かもしれないが、悪魔は当然、俺以外にもいる。そもそも召喚する悪魔によって、儀式の方法が異なる。……お前は何も知らずに適当にやったみたいだがな」



 じゃあ、わたくしが図書室でたまたま見つけた本に書かれていた儀式の内容は、この悪魔専用の召喚方法だったってこと……?よりにもよって性悪な悪魔をわざわざ選んで召喚してしまったのね……他の悪魔の性格は知らないけれど、絶対にこの男が一番性格が悪いに決まっているわ。



「しっかり本の隅々まで読んでいれば、召喚する悪魔の名前も知っているはずなんだが……お前、当然読んでないだろ?」


「ちょ、ちょっと!決めつけて発言するのは失礼よ!……まあ、確かに……ちょっと、本当にちょっとだけ……忘れてしまっただけで」


「いかにもアホのやりそうな事だ。いいか?絶対に忘れるなよ。俺の名前は『グース』だ。悪魔に自分の名前を言わせるなんて、お前くらいのものだろうな」


「それ、わたくしのこと貶しているわね?」

「いいや?褒めてる。類稀なる愚かな人間だと」

「やっぱり貶しているじゃない!」



 悪魔……グースは長い足を組み替えて、少し真剣さを帯びた表情でわたくしを見上げた。


「助けが必要なときに、俺の名前を呼ぶといい。どこであろうと駆けつけてやる……大切な契約者サマのためにな」

「……あなた、わたくしが呼ばなくても勝手にやってくるじゃない」

「それもそうだが、お前は鈍臭そうだから一応言っておく」

「どっ、どんくさそう……!?」


 わたくしが怒りに体を震わせていると、グースは素知らぬ顔でベッドから立ち上がり、わたくしの顔をじろじろと見下す。


「……昼間も言ったが、もう一度言っておく。あの女を消すために、お前がどれだけ頑張っても全て失敗に終わる。その前にさっさと区切りをつけたほうがいいぜ」


「今までそうやって言葉巧みに人間と契約してきたのか知らないけれど、わたくしの意思はあなたの戯言には左右されないわ!絶対に自分の力でウェルター様を取り戻してみせるんだから」


 わたくしの言葉を聞いて、グースは何かを考えるように目を細めていたけれど、それも一瞬のことですぐに興味なさそうに顔を逸らされた。



「と、いうか……わたくしずっと思っていたのだけれど、あなたのその服装、どうにかならないの?もうすぐ冬が来るのに薄着すぎて、見ているわたくしが寒くなってくるわ」


 首まで覆うほど伸びているけれど、なぜか袖のついていない黒い服は、細身ながらも筋肉のしっかりついた彼の上半身にピタッとくっつくほどタイトだ。同じくズボンもグースの体の線を強調するように肌にぴったり沿っていて、目のやり場に困ってしまう。グースの血の気を感じないほど白い肌も相まって、とても寒そうに感じる。見慣れない服装は、悪魔の正装なのかしら。


「どんな格好をしていようが、お前には関係ない。人間界の環境程度でいちいち服を変えるのは面倒だからな」

「だから、あなたがそんなに薄着だと、わたくしまで寒くなるのよ!」

「それなら尚更いいだろ」

「あなたねえ……!」



 しばらく押し問答を続けた後、悪魔は飽きたように溜息を一つ吐き、夜闇へと姿を消してしまった。


 一方的に負けた気分にさせられ、わたくしは怒りを抑えつつベッドへと潜り込む。明日、計画が成功することをイメージしながら深い眠りへと落ちてゆく――。

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