第4話「不穏へ誘う-2」
「ウェルター様がノアにお話することって、一体なんなのかしら……」
放課後、わたくしは授業が終わって教室から出ていくウェルター様とノアの後をこっそりと着けていた。2人は時折言葉を交わしながら、中庭へと歩いていく。
冷静に考えたら、婚約者のわたくしを差し置いて平民の女に話すことがあるなんておかしいじゃない!きっとあのノアがウェルター様に無礼を働いたに違いないわ!優しいウェルター様のことだから、こうして人目のないところでお叱りになるつもりなのね――。
校舎の壁に身を隠し、中庭のベンチに腰を下ろす2人の話に聞き耳を立てた。
「――が、――――でさ」
「それは――か?」
少し離れた場所にいるから、肝心な会話の内容が聞き取れない。わたくしは音を立てないように極めて慎重に、木に隠れながら2人に近づいてゆく。
「――舞踏会、その……」
「ああ、そういえばもうすぐだったな。冬が来ると同時に行われる学園の風物詩……それが、どうかしたか?」
“舞踏会”――!!
ノアがその単語を口にした途端、胸騒ぎがした。だめ、だめよ……その先の言葉は口にしないで……!今すぐにでもそう叫び出しそうな心を押さえて、わたくしは木々の影で静かに震えることしかできない。盗み聞きをしているなんて、ウェルター様に知られたくなかったから。
「ウェル……舞踏会、私と踊ってくれない?初めてだから、緊張しちゃってダンスとか失敗しそうで……」
ああ……、やっぱりこうなってしまうのね――。
「こんなこと頼めるの、ウェルくらいしかいないしさ」
……本当に、どこまでも図々しい女。
ドレスの裾を強く握りしめながら、わたくしはその場から離れようと膝を浮かせた。
「さっさと殺した方が良くないか?」
「っ!?」
不意に真横、それもかなり近い距離から響く聞き覚えのある声に、驚きのあまり身を硬らせてしまう。とっさに上げそうになった叫び声は、悪魔の大きな手で押さえられていることで、音を発さずに済むことができた。……元はと言えばこの男がいつも急に現れるから悪いのだけれど。
「あの女だろ?さっさと殺さないと、いつか後悔するんじゃないか?」
「……」
悪魔の綺麗な顔を至近距離で睨みながら、わたくしは軽く首を振って悪魔に反抗した。それを見た悪魔の口が愉快そうに吊り上がる。
「まあ、せいぜい足掻いてみるといいさ。お前の力では決して抗えないことを知るといい」
好き勝手言った後、悪魔は音もなく風に紛れるように消えてしまった。悪魔の手から解放されたわたくしは、ゆっくり深く息を吐き出した。先ほどまでの重苦しい気持ちがなくなっていることを少し不服に思いながら。
気がつけばウェルター様とノアもいなくなっていて、隠れているのがバレなかったことに、そっと胸を撫で下ろした。
「……どうしてわたくしがこそこそしなくてはいけないのかしら。よくよく考えたら腹が立ってきたわね」
そう、……そうよ。帝国を代表する貴族の令嬢であるわたくしが、どうして平民相手に譲らなくてはいけないのかしら?そもそもおかしな話だったんだわ。
わたくしは思いついた作戦を早速実行すべく、足早に自室へと戻ったのだった。
……あの憎き女を蹴落とすために。
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