第3話「不穏へ誘う」
授業と授業の合間の短い休み時間でさえ、あの憎たらしい女……ノアは、ウェルター様を独占していた。ウェルター様はお優しいからわざわざ平民に合わせて低俗な話をしてくださっているだけなのに、あの女……どこまで無礼な行いをすれば、自分の愚かさがわかるのかしら!
わざわざウェルター様がノアの席に赴いて談笑されている。わたくしはそんな状況をもちろん婚約者として許しておけるはずもなく、颯爽とノアの席へと向かい、ウェルター様とノアの間に身を割り込んだ。
「あら、ウェルター様。こんなところにいらしたのね、わたくしウェルター様とお話したいことがありましたのに、お席からいなくなられて大変探してしまいましたわ」
ドレスの裾をそっと持ち上げて淑女らしく挨拶をしてから、何度も鏡の前で練習した綺麗な笑顔を作ってウェルター様の様子を伺った。窓から差し込む陽の光を受けて銀色に輝く綺麗な髪、その下で静かな優しい緑の瞳が長いまつげに隠れて伏せられている。ウェルター様の美しさに思わずわたくしが見惚れていると、ウェルター様はその形の良い唇を開こうとした。
「あ!リリノアさん、こんにちは~!今ちょうどウェルと課題のことを話してたんですよ。リリノアさんも一緒にどうですか?あ、でもリリノアさんは優等生だからもう終わってるか……」
「わたくしは今、ウェルター様と!……話しているんですけれど」
相変わらず無礼な平民をなるべく視界に入れないように、ノアから顔を逸らして反論する。わたくしとウェルター様が話を始めたら、どんな貴族でも空気を読んで席を外すというのに、相変わらず図々しく愚かな女。
「ウェルター様、わたくしの席でお話いたしませんか?ここ、なんだかちょっと臭うわ」
「そうですか?あ、それなら空気の入れ替えします?」
「あなたではなくて、わたくしはウェルター様に話しているんです。それと!危うく見過ごすところでしたけれど、あなたウェルター様のことを馴れ馴れしく呼ぶのはやめてくれないかしら!」
「え?友達のことを愛称で呼ぶのは普通ですよ!私はノアって短い名前ですから愛称とかはないですけど、……あ!呼び捨てで呼んでくれてもいですよ、リリアンさんも」
「……ノア、リリアン嬢のことをあまり困らせるな」
心を震わせる低い声。わたくしの大好きなこの声を、とても久しぶりに耳にした気がする。……それもこれも、ウェルター様の隣に常にノアが付きまとっているからだけれど。親しげにノアの名前を呼ぶ声に、大好きなものが大嫌いに変わってしまいそうだと、何度思ったことだろう。
嫌なことばかりが頭を埋めそうになった時、授業がもうすぐ始まることを知らせる予鈴が鳴った。
「ああもう、こんな時間……。ウェルター様!わたくしにウェルター様と2人きりでお話しするお時間をくださいませんか?今日の放課後にでも……」
「……リリアン嬢、すまない。放課後はノアと少し話したいことがある。急ぎの用事でなければ、俺の都合の良い時に声をかけてもいいか?」
「あ、え……、はい……わかりました」
「すまないな。……ほら、授業の準備に戻ってくれ」
きゅっと唇を結んで、一礼した後にわたくしは自分の席へと戻った。悔しさと恥ずかしさでぐちゃぐちゃの感情を隠せない、情けない顔を見られないように、誰の目も見ないように歩いて。
……ウェルター様は、わたくしのことが邪魔になったのかしら。だからこうして、たかが平民であるノアを優先するのかしら。それとも、本当にノアの方が……。
「……しっかりしなさい、リリアン・ノーブル……」
小声でそう呟いて、余計なことを考えそうだった頭を軽く振り、わたくしは革製の鞄から次の授業の教科書と筆記用具を取り出した。
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